箱の外側で、君は死んでいる
最終エピソード掲載日:2026/11/03
「わたし、たぶん死んでるよ。あなたの中でだけ生きてる、って意味じゃなくて。物理的に、まだ決まってないの」
三年前の事故で死んだはずの恋人が、いまも僕の部屋で鍋を作っている。
触れられる。体温がある。脈も数えられる。七十二だ。
幽霊ではない。
ただ、彼女が畳んだ洗濯物は、他人が見た瞬間に畳まれていなかったことになる。
財布のレシートは三十七枚すべてが二人分で、店員は誰ひとり、二人目を覚えていない。
やがて僕は知る。
三年前のあの実験は、「箱の中の観測者と、外の観測者が、両立しない事実を持つ」ことを実証するものだったと。
そして、その箱の壁を計算したのは、僕自身だったと。
事実は、複製の多いほうが勝つ。
彼女が生きていると証明しようとするたび、相手はまず「死んだ」という記録に触れる。
助けようとするほど、彼女は薄くなっていく。
国家の「事象整合室」は、少数派の証言を否定しない。
一字も曲げずに記録する。
ただ、その紙の前段には必ずこう書かれている——望月榛名、当時二十四歳、三年前の事故により死亡。
多数決に負けつづけた男が、最後にたどり着いた方法は、観測しないことだった。
量子力学の「ウィグナーの友人」を軸に据えた、現代SF。
全六十話・完結済み。物理の知識は一切要りません。
三年前の事故で死んだはずの恋人が、いまも僕の部屋で鍋を作っている。
触れられる。体温がある。脈も数えられる。七十二だ。
幽霊ではない。
ただ、彼女が畳んだ洗濯物は、他人が見た瞬間に畳まれていなかったことになる。
財布のレシートは三十七枚すべてが二人分で、店員は誰ひとり、二人目を覚えていない。
やがて僕は知る。
三年前のあの実験は、「箱の中の観測者と、外の観測者が、両立しない事実を持つ」ことを実証するものだったと。
そして、その箱の壁を計算したのは、僕自身だったと。
事実は、複製の多いほうが勝つ。
彼女が生きていると証明しようとするたび、相手はまず「死んだ」という記録に触れる。
助けようとするほど、彼女は薄くなっていく。
国家の「事象整合室」は、少数派の証言を否定しない。
一字も曲げずに記録する。
ただ、その紙の前段には必ずこう書かれている——望月榛名、当時二十四歳、三年前の事故により死亡。
多数決に負けつづけた男が、最後にたどり着いた方法は、観測しないことだった。
量子力学の「ウィグナーの友人」を軸に据えた、現代SF。
全六十話・完結済み。物理の知識は一切要りません。
第1話 ……誰の分ですか、それ
2026/11/03 13:04
第2話 肉まんを二つ頼んだのに
2026/11/03 13:06
第3話 望月榛名 存否、不一致
2026/11/03 13:06
第4話 レシート三十七枚が、全部二人分だった
2026/11/03 13:07
第5話 見られると、なかったことになる
2026/11/03 13:07
第6話 新聞に、彼女の名前があった
2026/11/03 13:08
第7話 わたし、一個だけ嘘ついてる
2026/11/03 13:08
第8話 初診料が、二人分になっている
2026/11/03 13:08
第9話 わたし、たぶん死んでるよ
2026/11/03 13:08
第10話 彼女の写真が、一枚もない
2026/11/03 13:09
第11話 自分の墓を、彼女は品定めした
2026/11/03 13:09
第12話 あなたの事実を、こちらに合わせてください
2026/11/03 13:09
第13話 事実が二つあると、人が死ぬ
2026/11/03 13:10
第14話 お姉さん、輪郭が二重だね
2026/11/03 13:10
第15話 まだ開けないでください
2026/11/03 13:10
第16話 箱の中と外で、事実が食い違う実験
2026/11/03 13:10
第17話 あの部屋の壁は、僕が計算した
2026/11/03 13:11
第18話 同じ実験記録が、二通ある
2026/11/03 13:11
第19話 扉を開けた人に、会いに行く
2026/11/03 13:11
第20話 僕は昨日、あの子と鍋を食べました
2026/11/03 13:11
第21話 あの人は三年、あの部屋に入っていない
2026/11/03 13:12
第22話 先生が二人いる、と少年は言った
2026/11/03 13:12
第23話 助けようとするほど、彼女は死ぬ
2026/11/03 13:12
第24話 六秒、検索させただけで
2026/11/03 13:12
第25話 その発想は、お捨てください
2026/11/03 13:13
第26話 三十秒の迷いが、十九人を殺した
2026/11/03 13:13
第27話 門を出るのを見た、と老人は言う
2026/11/03 13:13
第28話 三年前の十月で止まったカレンダー
2026/11/03 13:13
第29話 母親から、悼む場所を奪えるか
2026/11/03 13:14
第30話 お母さんには、言わないで
2026/11/03 13:14
第31話 あの子、来年 から学校に戻れるんです
2026/11/03 13:14
第32話 赤鉛筆で、二文字だけ書いた
2026/11/03 13:15
第33話 彼女の死を、在庫として数える
2026/11/03 13:15
第34話 ここが揃っていません
2026/11/03 13:15
第35話 三年泣いてたのは、何だったんですか
2026/11/03 13:15
第36話 私は、全部書きます
2026/11/03 13:16
第37話 わからないと言われると、泣けない
2026/11/03 13:16
第38話 わたしのために、誰かの事実を壊すの
2026/11/03 13:16
第39話 探すほど、彼女は薄くなる
2026/11/03 13:16
第40話 三年間、あなたは一度も泣かなかった
2026/11/03 13:17
第41話 奪った三年を、返しに行く
2026/11/03 13:17
第42話 その記録に触れるのは、一人だけ
2026/11/03 13:17
第43話 三 年、書けていない第五章
2026/11/03 13:18
第44話 その紙は、二百十一部配られた
2026/11/03 13:18
第45話 ぼく、これから、言わないでおく
2026/11/03 13:20
第46話 彼女が消えている時間を測る
2026/11/03 13:21
第47話 何百枚の紙が、一枚を指していた
2026/11/03 13:21
第48話 嘘をついてください
2026/11/03 13:21
第49話 見えない人に、彼女は頭を下げた
2026/11/03 13:21
第50話 嘘の上に立つのを、生きてると呼ぶのか
2026/11/03 13:22
第51話 階段の一段目で、足を止めた
2026/11/03 13:22
第52話 目を細くして、もう一度読む
2026/11/03 13:22
第53話 見ないことも、観測だ
2026/11/03 13:22
第54話 六通の手紙を書いた
2026/11/03 13:23
第55話 いちばん都合のいい結末です
2026/11/03 13:23
第56話 開けません
2026/11/03 13:23
第57話 ここなら、決まらないでしょ
2026/11/03 13:23
第58話 ガラス一枚を挟んで、手が重なった
2026/11/03 13:24
第59話 鍋は、あった
2026/11/03 13:24
最終話 私は、扉の前に立っている
2026/11/03 13:25
あとがき
2026/11/03 13:25