第18話 同じ実験記録が、二通ある
郡司から電話が来たのはその翌朝だった。
「昨日、機構の正門にいらっしゃいましたね」
「監視ですか」
「入構申請の記録が残ります。断られた記録も残ります」
僕は受話器を持ち替えた。
「何の用ですか」
「お見せしたいものがあります」
※
場所は霞が関ではなかった。
指定されたのは四谷の、小さな貸会議室だった。ビルの四階で看板も出ていない。部屋には長机がひとつと、椅子が四脚。窓にはブラインドが下りていた。
郡司は先に来ていた。
机の上に、書類の束が二つ、並べて置いてあった。
「お座りください」
僕は座った。
「高梨さん。私はあなたに黙っていていただくためにここにいます。ですが黙っていただくには、あなたが何を黙るのかをご存じである必要がある」
「回りくどい」
「そうですね」
郡司は右側の束を、僕のほうへ押した。
※
——第三隔離実験室 実験記録(WF‐3/第七回)
その下に、時刻が並んでいた。
13:00 被験者入室(望月榛名/非常勤職員)
13:04 閉扉・遮蔽開始
13:12 内部計測系 起動確認
14:32 内部圧 急減 警報
14:33 外部観測者、観測窓より内部を視認
14:41 開扉
14:41 被験者 心肺停止 確認
15:09 医師到着 死亡確認
僕はその表を三回読んだ。
三回読んでも、字は変わらなかった。
※
郡司が左側の束を押した。
——第三隔離実験室 実験記録(WF‐3/第七回)
同じ表題だった。
13:00 被験者入室(望月榛名/非常勤職員)
13:04 閉扉・遮蔽開始
13:12 内部計測系 起動確認
14:32 内部圧 変動(許容範囲内)
14:33 外部観測者、観測窓より内部を視認
14:41 開扉
14:41 被験者 自力退室
15:10 健康診断 異常なし
18:20 被験者 退所(同行者 高梨透)
僕は椅子の背にもたれた。
もたれてから前に戻った。
もう一度、両方を見比べた。
一四時三二分までは、一字一句、同じだった。
一四時三三分も、同じだった。外の人間が窓から中を見た。
違うのはその次の行からだった。
※
「どちらも、機構の正式な記録です」
郡司は言った。
「タイムスタンプは同一のサーバから発行されています。改竄の痕跡はありません。第三者機関に二度出しました。二度とも、両方とも真正であると返ってきました」
「そんなことは」
「あります」
彼は書類の端を揃えた。
「私どもは、こういうものを年に十数件、処理しています。ほとんどは登記や名簿です。人が二人分になるのは、五年に一度あるかどうかです」
「処理ってどうやって」
「片方を捨てます」
あっさりと、彼は言った。
「捨てたほうが正しくないと分かって捨てるのではありません。どちらが正しいかは、我々には決められない。決められないから、多いほうを残します」
「多いほう」
「他の記録と整合するほうです。死亡届。火葬許可。保険の支払い。年金の停止。市の記録。それらは全部、右の束と整合します」
郡司は右の束を軽く叩いた。
「左の束と整合する記録は、この三年間で四つしか出ていません」
「四つ」
「レシートが三十七枚と、医療費の明細と、写真が一枚と、それから」
彼は顔を上げた。
「あなたです」




