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箱の外側で、君は死んでいる  作者: みぎみみ


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19/61

第19話 扉を開けた人に、会いに行く


 沢渡詩織に会えたのは十月の終わりだった。


 機構の正門は通れなかったが、彼女はもう、あの建物の中にはいなかった。


 郡司が住所を教えた。教えたというより、教えないという判断をしなかった。


「お会いになるのはおすすめしません」


「なぜ」


「あの方は嘘をつきません」


 それだけが理由だった。


    ※


 場所は川崎の、公務員宿舎のような集合住宅だった。


 二階の角部屋。表札は出ていない。インターホンを押すと、返事の前にドアが開いた。


 三年ぶりに見る顔だった。


 背が高い。姿勢がいい。髪は三年前より短くなっていた。白いシャツにグレーのカーディガンで、部屋着というより、ずっと家で仕事をしている人の服だった。


「高梨さん」


 彼女は驚かなかった。


「お待ちしていました」


「郡司さんから」


「昨日、電話が」


 沢渡詩織はドアを大きく開けた。


「どうぞ」


    ※


 部屋には、紙しかなかった。


 テレビがない。ソファもない。壁の三面が段ボール箱で埋まっていて、床にはファイルが積み上がっている。中央に折りたたみの机がひとつ。その上に、ノートパソコンと、書きかけの原稿。


「散らかっていてすみません」


「これは」


「事故の報告書です」


 彼女は椅子を出してくれた。


「三年、書いています」


「三年」


「はい」


 詩織は自分の椅子に座った。座り方がまっすぐだった。


「機構の正式な報告書は、事故から八か月で出ました。私はその作成には関わっていません。停職中でしたから」


 彼女は湯呑みを二つ、机に置いた。


 二つ。


 僕はその二つ目を見た。


「これは私の分と、高梨さんの分です」


 詩織が言った。


「ほかに、どなたかいらっしゃいますか」


 僕は玄関のほうを見た。


 榛名は廊下に立っていた。中には入ってこなかった。


「いえ」


「そうですか」


    ※


「高梨さん」


 詩織は湯呑みに手を触れなかった。


「三年前、あなたは廊下で六時間、扉の前にいらっしゃいました」


「らしいですね」


「らしい、というのは」


「覚えていないんです」


 詩織は少し首を傾げた。


 批判ではなかった。データが合わないときの、研究者の顔だった。


「私は覚えています」


「なにを」


「あなたが、開けないでくださいと言ったことを」


 僕は湯呑みの湯気を見た。


「私は開けました」


 詩織の声は平坦だった。


「一四時四一分、私の判断で開扉しました。警報から九分後です。規程では五分以内に開扉することになっていました。私は四分遅らせました」


「なぜ」


「あなたが、そう言ったからです」


 部屋が静かだった。


 紙の匂いだけがした。


「四分早く開けていれば、助かったかどうかは分かりません。分からないから、報告書には書けません。書けないことを三年書いています」


 彼女は初めて湯呑みに手を伸ばして、しかし持ち上げなかった。


「高梨さん。あなたが何を訊きにいらしたか、分かります」


 僕は口を開いた。


 開いたが声が出なかった。


「望月さんは、亡くなりました」


 詩織はまっすぐに言った。


「私が確認しました」


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