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箱の外側で、君は死んでいる  作者: みぎみみ


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34/61

第34話 ここが揃っていません


 宮田さんは榛名と同じ受付にいた人だった。


 いまは辞めて、相模原の駅前の歯科医院で働いている。連絡先は戸倉さんの施設の職員から回り回って手に入れた。


 昼休みに、駅前のチェーンのコーヒー店で会った。


「望月さんのこと、ですか」


 彼女はまだ三十前だった。前髪をピンで留めていて、それを何度も触った。


「はい」


「わたし、当時のことはあんまり」


「大丈夫です。覚えていることだけで」


 僕は鞄からファイルを出した。


 出しながら、自分の手つきが、ゲラを渡すときの手つきとまったく同じであることに気づいた。


    ※


「これ、機構の記録です」


 僕は二つの表を並べてテーブルに置いた。


 宮田さんは身を乗り出した。


「一四時三二分までまったく同じです。ここまではどちらも同じことが書いてある」


 僕は指で表をなぞった。


「違うのはここからです。片方は心肺停止。もう片方は自力退室」


 彼女の指が止まった。


「え」


「両方とも、機構の正式な記録です。改竄はありません。第三者機関が二回、真正であると認定しています」


 僕はそれ以上、何も言わなかった。


 言う必要がない。


 僕がやっているのは指すことだけだ。


 ——ここが揃っていません。


 あとは読んだ人が決める。


    ※


 宮田さんは二分ほど黙って二つの表を見比べていた。


 やがて顔を上げた。


「これ、どういうことですか」


「わかりません」


「わからないって」


「僕にもわからないんです。どちらが正しいのか」


 彼女は前髪のピンを触った。


「でも、望月さん、亡くなりましたよね」


「そう記録されています」


「記録って」


 僕は右の表を指した。


「こちらには、そう書いてあります」


 それから、左の表を指した。


「こちらには、そう書いてありません」


    ※


 宮田さんの顔から、色が抜けていくのが分かった。


「わたし、お葬式、行きました」


「はい」


「行きましたよね。あれ、行った、よね」


 彼女は自分に確認していた。


 僕は何も言わなかった。


「あの、写真があって。受付に、香典を出して。それで」


 彼女の声が途中で細くなった。


「わたし、そのあと、お母さんに挨拶して」


 彼女はそこで言葉を止めた。


 止めて僕を見た。


「なんで、いま、思い出せないんだろう」


    ※


 僕はファイルを閉じた。


「すみません。混乱させるつもりはありませんでした」


「いえ」


「ただ、記録が二つあることを、当時の方に知っておいていただきたくて」


「はい」


 宮田さんは頷いた。


 頷いてから、もう一度、テーブルの上の何も無いところを見た。


「あの子、いい子だったんです」


 彼女は言った。


「入館証の写真、みんなが撮り忘れるんですけど、望月さんだけ、ちゃんと」


 そこで言葉が止まった。


「ごめんなさい。なんの話でしたっけ」


    ※


 店を出て駅の改札まで歩いた。


 榛名は来ていなかった。人と会う日は彼女はついてこない。自分の名前が出るのが嫌なのだと、前に言っていた。


 部屋に帰ったのは夕方だった。


 襖を開けると、榛名が洗濯物を畳んでいた。


 畳んでいた。


 三日前まで触れなかったものだ。


 彼女は僕を見上げて、タオルを一枚持ち上げてみせた。角がきちんと合っていた。


「見て」


「見た」


「すごくない?」


「すごい」


 僕は鞄を下ろした。


 下ろした鞄の中に、宮田さんに見せたファイルが入っていた。


 もう一人分、減った。


 僕はそのことを、彼女に言わなかった。


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