↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱の外側で、君は死んでいる  作者: みぎみみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
33/61

第33話 彼女の死を、在庫として数える


 僕は望月榛名が死んだという事実の、在庫を数えることにした。


 ノートを一冊、新しく下ろした。表紙に何も書かなかった。


 一ページ目に、項目を立てた。


 一、報道 五件(全国紙二、地方紙二、業界紙一)

 二、機構内部記録 不明(少なくとも実験記録、事故調査報告、人事記録)

 三、行政 死亡届、火葬許可、住民票除票、年金停止、健康保険資格喪失

 四、金融 生命保険(受取人・望月佐和子)、銀行口座凍結

 五、私的記録 SNS 追悼書き込み二百三十七件

 六、人の記憶 不明

 七、面談記録 二百十一部(配布予定)

 八、望月佐和子の生活 位牌、供花、清掃、命日


 八番に、線を引いた。


 線を引いてから、その行だけ、次のページに書き写した。書き写して、そのページを破らずに折り返した。


 触れない、と決めたものは見えないところに置く。


    ※


 いちばん柔らかいのは一だった。


 三年前の記事はもう誰も読んでいない。読まれていない記事は、複製として弱い。


 僕は地方紙の読者係に電話をかけた。


「三年前の記事について、削除のお願いをしたいのですが」


「ご遺族の方でしょうか」


 僕はそこで一秒、黙った。


 嘘はつかないと決めていた。つかなくても、やれる方法がある。三年間、それを仕事にしてきた。


「亡くなった方の、関係者です。当時の記録に、事実関係の不一致があります」


「不一致、と申しますと」


「時刻と、退所の記載です。機構の記録が二系統ありまして、そちらの記事は片方だけを元にしています」


 相手は少し黙った。


 僕は畳みかけなかった。畳みかけると、疑われる。


「確認できる資料はお持ちですか」


「あります」


 僕は郡司が四谷で見せた記録の、写しを持っていた。彼は写しを取るなとは言わなかった。言われていないことは、やっていいことだ。


 僕はそう自分に言った。


    ※


 三日後、その記事はウェブから消えた。


 理由は「記載内容の確認中のため一時的に非公開」だった。消えたのではなく、確認中になった。


 だが複製としては、同じことだ。


 確認中の記事は誰にも読まれない。


    ※


 その夜、榛名が箸を持った。


 三日前まで彼女は箸を持てなかった。鍋の前に座って、僕が食べるのを見ているだけだった。


「あ」


 彼女は自分の手を見た。


 人差し指と中指のあいだで、割り箸が、きちんと立っていた。


「持てた」


「持てたな」


「なんで」


 僕は鍋の蓋を開けた。湯気が上がった。


「わからない」


 嘘だった。


 嘘を、初めてついた。


    ※


 榛名は豆腐を一つ、崩さずにすくった。


 自分でも驚いた顔をして、それをしばらく箸の先に載せたまま眺めていた。


「透」


「なんだ」


「わたし、いま、けっこう嬉しい」


「そうか」


「豆腐すくえて嬉しいってどういう人生」


 彼女は笑った。


 僕も笑った。


 笑いながら、頭のなかでは、次の電話をかける相手のことを考えていた。


 全国紙が二つ残っている。


 業界紙はたぶん、いちばん簡単だ。


    ※


 布団に入ってから、暗闇のなかでノートの一行を思い出した。


 ——望月榛名 死亡 トル


 トルは明らかに間違っているものにしか打てない。


 三年間、僕はそう教わってきたし、そう守ってきた。


 いま僕が打っているトルは、間違っているものにではない。


 都合の悪いものに打っている。


 それは校正ではない。


 改竄という。


 僕は寝返りを打った。


 隣で榛名の寝息がした。


 その寝息が三日前より、少しだけ大きかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。