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箱の外側で、君は死んでいる  作者: みぎみみ


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35/61

第35話 三年泣いてたのは、何だったんですか


 SNSの二百三十七件のうち、名前と顔が分かるのは十九件だった。


 そのうち、いまも動いているアカウントは、六件。


 いちばん多く書き込んでいたのが、七尾という人だった。


 命日ごとに、三年間、必ず書いていた。


 ——榛名、また十月が来ました

 ——二年です。まだ夢に出てきます

 ——三年経ちました。まだ受け入れられません


 高校の同級生だった。プロフィールに勤め先が書いてあった。池袋の、大きな眼鏡屋だった。


    ※


 僕はその店に行った。


 閉店間際に入って、彼女がレジに立つのを待った。名札で分かった。七尾。下の名前は知らない。


「すみません、少しお時間を」


 僕が望月榛名の名前を出すと、彼女の目が丸くなった。


「え、榛名の」


「はい」


「もしかして透さん?」


 僕はそこで初めて息が詰まった。


「知ってるんですか」


「知ってます。あの子、ずっと言ってたから。院生の彼氏がいるって」


 七尾さんはレジの中で両手を胸の前に持ってきた。


「会いたかった。ほんとに。お葬式のとき、探したんですよ。でも、いなくて」


 僕はいた。


 いちばん後ろの、廊下に近い席にいた。


 いたのに、誰の記憶にも残っていない。


    ※


 店の裏の、休憩室で話した。


 自販機のコーヒーを二つ買って一つ渡した。彼女は両手で持った。持ち方が榛名と同じだった。


 僕はファイルを出した。


 出す前に、一度だけ、迷った。


 この人は三年間、命日に書き込んできた人だ。


 僕がやることはその三年に、線を引くことだ。


 僕はファイルを開いた。


    ※


「これ、なんですか」


「機構の記録です。二系統あります」


 僕は宮田さんに話したのと同じ順番で話した。


 同じ順番で話すと、同じところで相手の指が止まる。人間はそういうふうにできている。


 七尾さんは二つの表を、長いこと見ていた。


 見ながら、コーヒーを一口も飲まなかった。


「じゃあ」


 彼女の声は掠れていた。


「じゃあ、榛名は」


「わかりません」


「わからないってどういうことですか」


「記録が二つあります。どちらも正式なものです。それ以上のことは、僕にも」


「わたし」


 彼女は机に手をついた。


「わたし、三年、泣いてたんですけど」


 僕は彼女の手の甲を見た。


「毎年、十月十七日に休みを取って。一人で、あの子の好きだった店に行って。それで、書き込んで」


 彼女の肩が震えはじめた。


「あれ、なんだったんですか」


    ※


 僕は答えられなかった。


 答えなかったのではない。答えられなかった。


 彼女は両手で顔を覆った。


 覆ったまま、しばらく動かなかった。


「ごめんなさい」


 僕が言うと、彼女は首を振った。


「謝らないでください」


 顔を上げた。


 目が赤かった。


「わたし、いま、いちばん最悪なこと考えてます」


「なんですか」


「もし榛名が生きてるなら」


 彼女はコーヒーの缶を握った。


「なんで、わたしのところに来ないんだろうって」


    ※


 池袋の駅まで僕は歩いた。


 地下道が長かった。人が多かった。全員がそれぞれの事実を持って歩いていた。ぶつからないように歩いていた。


 部屋に帰ると、榛名が起きていた。


「おかえり」


「ただいま」


「どこ行ってたの」


「仕事」


 二つ目の嘘だった。


 榛名は卓袱台の前に座っていた。


 座って湯呑みを両手で包んでいた。


 持てるようになっている。


 三日前は指がかかっただけだった。


 僕はその手を見ながら、七尾さんの震えた肩を思い出した。


 一人分の三年が湯呑みひとつになった。


 僕はそれを、安いと思わなかった。


 安いと思わなかったのに、明日も同じことをするつもりでいる自分が、そこにいた。


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