↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱の外側で、君は死んでいる  作者: みぎみみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/61

第37話 わからないと言われると、泣けない


 電話が鳴ったのは深夜の一時過ぎだった。


 知らない番号だった。出るかどうか迷って三回目の呼び出しで出た。


「……透さん、ですか」


 七尾さんだった。


 声が少し崩れていた。飲んでいるのが分かった。


「はい」


「ごめんなさい、こんな時間に。番号、名刺の」


「大丈夫です」


 僕は卓袱台の前に座り直した。


 部屋の隅で榛名が寝ていた。寝ていたはずだった。


    ※


「あの、あれから、ずっと考えてて」


 七尾さんの声は途切れがちだった。


「わたし、機構に電話したんです。総務の人が出て、記録が二つあるのは本当ですって言われて」


「はい」


「それで、市役所にも電話しました。そしたら、うちには死亡の記録しかありませんって言われて」


 彼女はそこで少し笑った。


 笑い方が乾いていた。


「どっちなんですか」


 僕は目を閉じた。


「わかりません」


「わかりませんって」


「本当に、わからないんです」


 電話の向こうで氷が鳴る音がした。


    ※


「透さん」


「はい」


「わたし、今日、あの子の店に行ったんです」


「店」


「高校のときによく行った、うどん屋さん。榛名、きつねうどんばっかり頼むんですよ。他のメニュー、たぶん一回も食べたことない」


 僕はレシートを思い出した。


 きつねうどん、二つ。


「それで、いつもみたいに、二人分頼んで、片方は食べないで置いといて」


 彼女の声が揺れた。


「そしたら、店の人が言うんですよ。お連れさま、来られないんですかって」


「……はい」


「わたし、なんて答えたと思います?」


 僕は答えなかった。


「わからないんです、って言ったんです」


 七尾さんはそこで初めて泣いた。


    ※


「透さん」


「はい」


「三年間、わたし、あの子が死んだと思ってました」


「はい」


「死んだと思ってたから、泣けたんです」


 僕の指が卓袱台の縁を掴んだ。


「わからないって言われると、泣けないんですよ」


 彼女は鼻をすすった。


「泣いていいのか、待っていいのか、分からないから。どっちの顔をしてればいいのか、分からないから」


「すみません」


「謝らないでください」


 彼女は言った。


「謝られると、余計に分からなくなる」


    ※


 電話はそれから十分ほど続いた。


 最後のほうはほとんど言葉になっていなかった。彼女は自分の話をして、榛名の話をして、高校の文化祭の話をして、それから、また同じことを訊いた。


「生きてるんですか」


「わかりません」


「わかりませんか」


「はい」


「そうですか」


 通話が切れた。


 僕は携帯をしばらく耳から離さなかった。


    ※


 顔を上げると、榛名が立っていた。


 部屋の入口に、立っていた。


 寝ていなかった。たぶん最初から起きていた。


「透」


 僕は携帯を置いた。


「いまの、誰」


 僕は答えなかった。


 答えなくても、彼女には分かっている。


「七尾ちゃん?」


 僕は頷いた。


 榛名はそこから動かなかった。


 動かないまま、僕を見ていた。


 部屋の明かりは点けていなかった。台所の換気扇の上の、小さい豆電球だけが点いていた。


 その光で、彼女の輪郭が、はっきり見えた。


 三日前より、ずっと、はっきりしていた。


「ねえ」


 榛名が言った。


 声が低かった。


 この四年間で、一度も聞いたことのない声だった。


「あなた、なにしてるの」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。