第46話 彼女が消えている時間を測る
最初は十二秒だった。
十二月二十日の朝、僕が顔を洗って戻ってくると、部屋に誰もいなかった。
六畳と四畳半。押し入れも開けた。トイレも見た。ベランダも見た。
振り返ったら、いた。
部屋の隅に、いつもの姿勢で座っていた。
「どこ行ってた」
「どこも」
榛名は不思議そうな顔をした。
「ずっとここにいたよ」
僕は時計を見た。
顔を洗いに立ったのが六時四十一分。戻ったのが六時四十二分。彼女を見つけたのが、六時四十二分の五十三秒。
十二秒だった。
※
僕は記録を取ることにした。
ノートの新しいページに、表を作った。
日付。消失開始。復帰。継続秒数。そのときの僕の位置。
三年前、僕は遮蔽材の性能を測るのに、同じ形式の表を使っていた。
二十日 十二秒
二十一日 なし
二十二日 八秒、十九秒
二十三日 四十七秒
二十四日 二分十一秒
二十四日の夜、僕は初めて、彼女がいない部屋で二分間、動かずに立っていた。
※
「なんで測るの」
榛名が訊いた。
彼女は卓袱台の前に座っていた。座るのに、三十秒くらいかかるようになっていた。
「わからないから」
「測ってもわからないよ」
「わからないけど、書ける」
僕は鉛筆を持ったまま言った。
「書けると、少しだけ、落ち着く」
榛名はしばらく僕を見ていた。
「透って」
「なんだ」
「そういうところ、四年前から変わんないね」
※
二十六日、六分。
二十七日、なし。
二十八日、十一分。
二十九日、二十三分。
三十日、四十分。
※
四十分の日はいちばんこたえた。
午後二時に消えて二時四十分に戻ってきた。
その四十分、僕は部屋を出なかった。出たら、戻ってきたときに僕がいないことになる。
卓袱台の前に座って、四十分、時計を見ていた。
時計の針はいつもと同じ速さで動いていた。
消えている間、部屋は、ただの部屋だった。
六畳と四畳半。鍋がひとつ。茶碗がふたつ。片方は使われていない。
三年前まで、僕はこの部屋で、二年間、一人で暮らしていた。
その二年間がどんな感じだったのかを、僕はいま、思い出していた。
思い出せた。
思い出せることが、いちばん怖かった。
※
二時四十分、彼女は戻ってきた。
部屋の隅に、いつもの姿勢で座っていた。
「榛名」
「ん」
「四十分」
「え?」
彼女はきょとんとした顔をした。
「なんの話」
「四十分、いなかった」
「そう?」
榛名は自分の手を見た。
「ちょっと寝てた気がする」
僕はノートに書いた。
——本人に自覚なし。
書いてからその行を見た。
自覚がないということは、彼女は、消えている間、何も感じていないということだ。
苦しくない。
怖くない。
ただ、無い。
僕はそれを、少しだけ、ましだと思った。
思ってから、自分がそう思ったことに気づいて、鉛筆を置いた。
※
十二月三十一日。
その日は一度も消えなかった。
二人で鍋をした。
白菜は僕が切った。幅は揃わなかった。豚バラは僕がパックを開けた。豆腐は僕が崩した。
榛名は箸を持てなかった。湯呑みも持てなかった。
彼女は卓袱台の向かいに座って鍋が煮えるのを見ていた。
「いい匂い」
「匂い、するのか」
「する」
彼女は目を細めた。
「これだけは、まだする」
僕はうどんを入れるのが早すぎてまた伸ばした。
テレビはつけなかった。
除夜の鐘がどこかから聞こえた。
新しい年が来た。




