↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱の外側で、君は死んでいる  作者: みぎみみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
47/61

第47話 何百枚の紙が、一枚を指していた


 一月に入って、僕は、もう一度、棚卸しの表を作り直した。


 三度目だった。


 一度目は数えるために作った。二度目は減らすために作った。


 三度目は負けを確認するために作った。


    ※


 一、報道 五件

   → 二件が再公開。三件は残存。実質、変化なし。


 二、機構内部記録

   → 封緘。手が出ない。


 三、行政

   → 家族以外、動かせない。


 四、金融

   → 支払い済み。取り消しは家族のみ。


 五、SNS 二百三十七件

   → 増えた。二百五十一件。


 六、人の記憶

   → 接触禁止(本人の条件)。


 七、面談記録

   → 二百十一部。回収不能。


 八、望月佐和子

   → 触れない。


 僕は鉛筆を置いた。


 全部の項目に、手が届かないと書いてあった。


    ※


 それでも、僕は、もう一度、頭から読み直した。


 三年間やってきた読み方でだ。


 一回目は意味を追う。二回目は文字だけを見る。


 二回目に、見つけた。


    ※


 死亡届には、死亡診断書が要る。


 死亡診断書には、死亡の年月日時分を書く欄がある。


 医師が現場に着いたのは一五時〇九分だ。医師はその時点で死亡を確認した。


 だが死亡診断書に書かれた時刻は、一四時四一分だった。


 二十八分、前だ。


 医師はその二十八分前の現場にいない。


 いない人間がなぜ時刻を書けるのか。


    ※


 僕は郡司に見せられた記録の写しを、もう一度広げた。


 右の束。死亡のほうの記録。


 その最後のページに、備考欄があった。


 ——発見時刻及び発見時の状況については、外部観測者記録(沢渡詩織)による。


 僕の手が止まった。


 僕は事故調査報告書の要旨も持っていた。国会図書館で写した。


 その第二章の冒頭に、同じ一文があった。


 ——本章の経過は、外部観測者記録(沢渡詩織)に基づく。


 機構の人事記録にも、同じ引用があった。


 保険会社に出された事故証明にも、同じ引用があった。


    ※


 僕は床に紙を並べた。


 六畳の畳が全部埋まった。


 並べて上から見た。


 全部の紙が一枚の紙を指していた。


 新聞は事故調査報告を引いている。事故調査報告は外部観測者記録を引いている。行政の書類は死亡診断書を引いている。死亡診断書は外部観測者記録を引いている。保険は事故証明を引いている。事故証明は外部観測者記録を引いている。


 枝が何百とある。


 根は一本だった。


    ※


 僕は畳の上に座り込んだ。


 これは校正者なら誰でも知っていることだ。


 本の中で、同じ誤りが何十箇所も出てくることがある。全部を直そうとすると、際限がない。だがたいてい元は一箇所だ。著者が最初に一度だけ書き間違えて、あとは自分でそれをコピーしている。


 根を直せば、枝は全部、自動的に揃う。


 逆も、そうだ。


 根が確認できないものになれば。


 枝は全部、引用元不明になる。


    ※


 僕はノートを開いた。


 三度目の棚卸しの表の、いちばん下に、新しい行を書いた。


 ——外部観測者記録(沢渡詩織) 一件


 その横に、赤鉛筆で書いた。


 ——トル


 書いてから、僕は長いことそれを見ていた。


 二文字だった。


 二文字で、何百枚の紙が、根拠を失う。


    ※


「透」


 部屋の隅から、声がした。


 榛名だった。この日、彼女は二回消えて二回戻ってきていた。


「なにしてるの」


「見つけた」


「なにを」


 僕は畳の上の紙を見渡した。


 白い紙が六畳いっぱいに敷き詰められていた。


「一枚だけだった」


 僕は言った。


「たった一枚で全部が決まってた」


 榛名は動かない輪郭でこちらを見ていた。


 しばらくして彼女は言った。


「その一枚、書いた人は」


 僕は答えなかった。


 答えなくても、彼女は知っている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。