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箱の外側で、君は死んでいる  作者: みぎみみ


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22/61

第22話 先生が二人いる、と少年は言った


 ケイはあの公園に毎日いた。


 三日通って三日ともいた。平日の午前十時から、午後三時ごろまで。同じベンチで、電源を入れないゲーム機を膝に置いている。


「学校は」


 四日目に、僕は訊いた。


「行ってない」


「いつから」


「去年の十一月」


 彼はゲーム機の角でベンチの木目をなぞった。


「行かなくていいって言われた」


「誰に」


「先生と、お母さんと、あと病院の人」


 僕は隣に座った。三十センチ空けた。子どもと大人の距離として、それくらいがいいと、なんとなく思った。


    ※


 ケイの母親に会ったのはその日の夕方だった。


 彼女は公園まで迎えに来る。毎日、三時二十分に来る。三十代半ばで、スーパーの制服の上にコートを着ていた。


 僕を見て彼女は身構えた。当然だ。


「息子さんと、話をさせてもらっています」


 僕が名刺を出すと、彼女はそれを裏返してまた表に戻した。


「本の、校正の人」


「そうです」


「なんでうちの子と」


 僕は嘘をつくことにした。つかないと、この人は逃げる。


「取材ではありません。ただ、僕も、人には見えないものが見える人間です」


 彼女の顔から、力が抜けた。


 抜けたあとに残ったのは怒りではなかった。疲れだった。


    ※


 団地の一室で麦茶が出た。


 ケイは自分の部屋に入ってしまった。母親は台所の椅子に座って、テーブルの木目を見ながら話した。


「去年の十月です。担任の先生が亡くなって」


 僕は湯呑みを置いた。


「学校では、事故だって説明されました。でも、ほんとは違うってみんな知ってて」


 彼女は言葉を選んだ。選びきれずに、そのまま続けた。


「見つけたのが、あの子だったんです」


 台所の時計の音がした。


「朝、早く行って。それで、体育館の裏で」


 僕は何も言わなかった。


「そのあとから、あの子、変なことを言うようになって。先生が二人いる、って」


「二人」


「生きてる先生と、死んでる先生と。両方いるから、どっちに挨拶したらいいか分からないって」


 彼女は麦茶に手を伸ばして飲まずに戻した。


「一週間くらい言ってました。でも、お葬式が終わって、学校で追悼式みたいなのがあって、みんなでお別れの言葉を書いて。そしたら」


「そしたら」


「言わなくなりました」


 彼女は顔を上げた。


「あの子、こう言ったんです。——先生、一個になった、って」


    ※


 帰り際、玄関でケイが出てきた。


 彼はドアの隙間から、廊下に立つ僕を見上げた。


 いや、僕ではない。


 僕の隣を見上げた。


 榛名はそこに立っていた。


「お姉さん」


「なに」


「昨日より、はっきりしてる」


 僕は体温が下がるのを感じた。


「はっきりって」


「昨日は、二個がずれて重なってた。今日は生きてるほうが濃い」


 ケイはドアの縁を握った。


「見ると、濃くなるのかも」


    ※


 団地の階段を降りながら、僕は考えていた。


 見ると、濃くなる。


 だが去年の先生は、みんなが見たあとで「一個になった」。


 同じ「見る」で逆のことが起きている。


 違いはどこにある。


 僕は階段の踊り場で立ち止まった。


 立ち止まって手すりを握った。冷たかった。


 違うのは見た人の数だ。


 少なければ、濃くなる。


 多ければ、決まる。


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