第22話 先生が二人いる、と少年は言った
ケイはあの公園に毎日いた。
三日通って三日ともいた。平日の午前十時から、午後三時ごろまで。同じベンチで、電源を入れないゲーム機を膝に置いている。
「学校は」
四日目に、僕は訊いた。
「行ってない」
「いつから」
「去年の十一月」
彼はゲーム機の角でベンチの木目をなぞった。
「行かなくていいって言われた」
「誰に」
「先生と、お母さんと、あと病院の人」
僕は隣に座った。三十センチ空けた。子どもと大人の距離として、それくらいがいいと、なんとなく思った。
※
ケイの母親に会ったのはその日の夕方だった。
彼女は公園まで迎えに来る。毎日、三時二十分に来る。三十代半ばで、スーパーの制服の上にコートを着ていた。
僕を見て彼女は身構えた。当然だ。
「息子さんと、話をさせてもらっています」
僕が名刺を出すと、彼女はそれを裏返してまた表に戻した。
「本の、校正の人」
「そうです」
「なんでうちの子と」
僕は嘘をつくことにした。つかないと、この人は逃げる。
「取材ではありません。ただ、僕も、人には見えないものが見える人間です」
彼女の顔から、力が抜けた。
抜けたあとに残ったのは怒りではなかった。疲れだった。
※
団地の一室で麦茶が出た。
ケイは自分の部屋に入ってしまった。母親は台所の椅子に座って、テーブルの木目を見ながら話した。
「去年の十月です。担任の先生が亡くなって」
僕は湯呑みを置いた。
「学校では、事故だって説明されました。でも、ほんとは違うってみんな知ってて」
彼女は言葉を選んだ。選びきれずに、そのまま続けた。
「見つけたのが、あの子だったんです」
台所の時計の音がした。
「朝、早く行って。それで、体育館の裏で」
僕は何も言わなかった。
「そのあとから、あの子、変なことを言うようになって。先生が二人いる、って」
「二人」
「生きてる先生と、死んでる先生と。両方いるから、どっちに挨拶したらいいか分からないって」
彼女は麦茶に手を伸ばして飲まずに戻した。
「一週間くらい言ってました。でも、お葬式が終わって、学校で追悼式みたいなのがあって、みんなでお別れの言葉を書いて。そしたら」
「そしたら」
「言わなくなりました」
彼女は顔を上げた。
「あの子、こう言ったんです。——先生、一個になった、って」
※
帰り際、玄関でケイが出てきた。
彼はドアの隙間から、廊下に立つ僕を見上げた。
いや、僕ではない。
僕の隣を見上げた。
榛名はそこに立っていた。
「お姉さん」
「なに」
「昨日より、はっきりしてる」
僕は体温が下がるのを感じた。
「はっきりって」
「昨日は、二個がずれて重なってた。今日は生きてるほうが濃い」
ケイはドアの縁を握った。
「見ると、濃くなるのかも」
※
団地の階段を降りながら、僕は考えていた。
見ると、濃くなる。
だが去年の先生は、みんなが見たあとで「一個になった」。
同じ「見る」で逆のことが起きている。
違いはどこにある。
僕は階段の踊り場で立ち止まった。
立ち止まって手すりを握った。冷たかった。
違うのは見た人の数だ。
少なければ、濃くなる。
多ければ、決まる。




