第39話 探すほど、彼女は薄くなる
一時間待って帰ってこなかった。
二時間待って帰ってこなかった。
三時を過ぎたところで僕は上着を掴んで外に出た。
※
探しはじめて五分で気づいた。
僕には、彼女を探す方法がない。
電話がかけられない。彼女は携帯を持っていない。三年前に解約されている。
写真がない。二千三百十四枚のうち、一枚もない。
人に訊けない。訊けば、その人はまず「望月榛名」を検索する。検索すれば、三年前の記事が出る。出れば、複製が増える。
僕が探せば探すほど、彼女は薄くなる。
僕は街灯の下で立ち止まった。
これがこういうことか。
少数派の事実を持つというのはこういうことか。
助けを呼べない。
呼んだ瞬間に、負ける。
※
僕は歩いた。
行きそうな場所を、順番に回った。
商店街。閉まっていた。
公園。誰もいなかった。ベンチが濡れていた。
駅前。始発待ちの人が二人、階段に座っていた。
コンビニ。あの若い店員がレジの中で肉まんのケースを拭いていた。彼は僕を見て少しだけ会釈をした。
僕は肉まんを一つ買った。
「一つでいいですか」
店員が訊いた。
僕はその質問の意味を、三秒かけて理解した。
「……一つで」
袋が一つ、出てきた。
金額は一人分だった。
※
朝の六時に、ケイの団地へ行った。
早すぎたが待てなかった。
階段を上がって、ドアの前で時間が来るまで座っていた。七時にドアが開いた。ケイの母親がごみ袋を持って出てきて、僕を見て飛び上がった。
「高梨さん」
「すみません」
僕は立ち上がった。膝が痛かった。
「あの、ケイくんに、訊きたいことが」
彼女は僕の顔を見て何かを察したらしい。奥に声をかけた。
ケイが出てきた。パジャマの上にジャンパーを羽織っていた。
「おじさん」
「ケイくん。お姉さん、見なかったか」
ケイは首を横に振った。
「見てない」
「そうか」
「いなくなったの」
「ちょっと、ひとりになるって」
ケイは玄関の縁を握った。
しばらく黙ってから言った。
「おじさん。お姉さん、どこ行くと思う」
※
僕はその質問に、すぐには答えられなかった。
考えて、考えてひとつだけ思い当たった。
思い当たって自分が情けなくなった。
四年一緒にいて、彼女の行きそうな場所を、僕は一つしか知らない。
※
小平に着いたのは八時前だった。
都営住宅の四階建て。四階の、右から三つ目。
その真下に、彼女はいた。
自転車置き場の屋根の下に、膝を抱えて座っていた。
僕は走らなかった。
走ると、消える気がした。
ゆっくり歩いて、二メートル手前で止まった。
「榛名」
彼女は顔を上げなかった。
「うん」
「探した」
「ごめん」
それだけ言って彼女はまた顔を伏せた。
※
僕は隣に座った。
コンクリートが冷たかった。上着の裾を敷いても、冷たかった。
彼女は寒がっていなかった。寒がるという機能を、たぶん持っていない。
「ずっとここにいたのか」
「うん」
「なにしてた」
「見てた」
榛名は四階を見上げた。
右から三つ目の窓は、まだ暗かった。
「お母さん、六時半に起きるの。カーテン開けるのが六時四十分」
僕も、そこを見上げた。
「今日、まだ開いてない」
彼女は言った。
「十分、遅い」
その声が少しだけ震えていた。
寒さではなかった。




