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箱の外側で、君は死んでいる  作者: みぎみみ


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第54話 六通の手紙を書いた


 一月の残りを、僕は手紙を書いて過ごした。


 メールにしなかったのは紙のほうが残るからだ。三年間、僕はずっと、紙が残ることを恐れてきた。最後にそれを使うことにした。


 六通、書いた。


    ※


 岸田さんには、いちばん短く書いた。


 ——三年間、ありがとうございました。ゲラは机の上に揃えてあります。二百三ページの「昭和四十二年」は、著者に確認をお願いします。


 この人は追及しない人だ。だから、追及しなくていいように書いた。


    ※


 七尾さんには、いちばん迷った。


 三度書き直して四度目にこう書いた。


 ——先日は余計なものをお見せしました。あなたが泣かれた三年は、あなたのものです。誰にも渡さないでください。


 最後に、一行足した。


 ——うどん屋で二人分頼むのは続けてください。


    ※


 ケイには、鉛筆で書いた。


 ——見えるものが見えるのは悪いことじゃない。ただ、言うと紙になる。君はもう、それを知っている。知っていて黙るのは我慢とは言わない。決めるという。


 封筒に、切手を貼りながら、この子は漢字が読めるだろうかと考えた。


 考えてふりがなを振った。


    ※


 矢口には、詫びだけ書いた。巻き込んだ詫びだ。


 宗像には、修論のことを書いた。


 ——先生。あの壁の計算に、間違いはありませんでした。間違えたのは窓をつけたことに、反対意見書一枚しか出さなかったことです。


    ※


 いちばん最後に、望月佐和子に書いた。


 三日かかった。


 書けなかったのは、書いてはいけないことが、いくつもあったからだ。


 あの子は生きています。とは書けない。


 位牌を下ろしてください。とも書けない。


 結局、こうなった。


 ——望月さん。先日はあの子の部屋を見せていただき、ありがとうございました。机の文庫本に挟まっていたレシートですが、あのきつねうどんは、僕が一緒に食べました。二つのうち、片方は僕のものです。三年間、お伝えできずにいました。


 ——あの日、あの子は一人ではありませんでした。


 封をして切手を貼った。


 貼ってから、僕はしばらく、その封筒を持っていた。


 これは嘘ではない。


 嘘ではないことだけを、僕はこの人に渡す。


    ※


 部屋の片づけは二日でついた。


 もともと、物が少ない。ゲラを返して、本を古書店に出して布団を処分した。


 大家さんに、退去の連絡をした。おばあさんはそうかい、とだけ言った。


「どこ行くの」


「遠くです」


「そう」


 彼女はそれ以上訊かなかった。


 三つ訊いて、四つ目は訊かない。


 この街の人はみんなそうなのかもしれない。


    ※


 鍋は置いていくことにした。


 六畳の真ん中に、鍋がひとつ。茶碗がふたつ。


 それだけを残してあとは空にした。


「持ってかないの」


 榛名が訊いた。


「向こうにも、あるかもしれない」


「ないよ」


「ないかもな」


 僕は鍋の蓋を開けて閉めた。


「でも、置いていく」


「なんで」


 僕は少し考えた。


「誰かが、この部屋に入ったときに」


 僕は言った。


「茶碗が二つあるのを、見てほしい」


    ※


 榛名は鍋の前にしゃがんだ。


 しゃがんで蓋に手を伸ばした。


 届かなかった。指が蓋を通り抜けた。


 彼女はその手をしばらく見ていた。


「透」


「うん」


「わたし、まだ怒ってるからね」


「知ってる」


「ずっと怒ってるからね」


「うん」


 彼女は立ち上がった。


 立ち上がるのに、二分かかった。


「でも」


 榛名は言った。


「一緒に行く」


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