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箱の外側で、君は死んでいる  作者: みぎみみ


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42/61

第42話 その記録に触れるのは、一人だけ


 人に会わないとなると、残るのは紙とデータだけだった。


 行政の記録は動かせない。死亡届は家族しか出せないし、取り消しも家族しかできない。保険金はもう支払われてたぶん使われている。


 残るのは機構だった。


    ※


 矢口に、二度目の電話をかけた。


 彼は一度目より警戒していた。


「高梨さん。あのあと、俺、ちょっと調べたんですけど」


「なにを」


「あの事故。同期に機構にいるやつがいるんで訊いたんです」


 僕は受話器を持ち替えた。


「なんて言ってた」


「言わないんですよ」


 矢口の声が低くなった。


「そいつ、ふだんべらべら喋るやつなんです。それがあの件だけは、俺は知らないって」


「知らない」


「知らないって言うときの声じゃなかったです」


    ※


「ひとつだけ、教えてもらえました」


 矢口は続けた。


「WF‐3の記録一式、封緘資料になってるそうです」


「封緘」


「機構の中でも、閲覧に許可が要るやつです。紙で管理してて電子化されてない。持ち出し禁止」


 僕はノートを開いた。


「保管場所は」


「資料管理課」


 僕の手が止まった。


「触れるのは、担当者一人だけだそうです」


「名前は」


 矢口は言いにくそうにした。


「……高梨さん、それ、聞いてどうするんですか」


「聞いてどうもしない」


「嘘でしょ」


 僕は答えなかった。


 矢口はしばらく黙って、それから言った。


「沢渡さんです」


    ※


 電話を切ってから、僕はノートの棚卸しの表を見た。


 二、機構内部記録


 その横に、書き足した。


 ——封緘。触れる者、一名。沢渡詩織。


 鉛筆を置いた。


 三年前の記録はあの人の手のなかにある。


 そして、その記録の一枚目に署名しているのも、あの人だ。


 書いた人が保管している。


 こういう構造を、僕は仕事で何度も見た。誤植を作った人が校正も見る本は、必ずどこかで揃わなくなる。


 だが今回は逆だ。


 揃いすぎている。


    ※


 その夜、榛名が言った。


「行くんでしょ」


「うん」


「沢渡さんのところ」


「うん」


 彼女は卓袱台の前で膝を抱えていた。もう座るのにも、少し時間がかかるようになっていた。


「あの人に、なにを頼むの」


 僕は答えなかった。


 答えられなかったのは、まだ自分でも決めていなかったからだ。


 記録を出せと言うのか。


 記録を消せと言うのか。


 どちらも、あの人にはできない。あの人は嘘をつかない人だ。


「透」


「うん」


「わたし、あの人のこと、ちょっと好きだよ」


 僕は榛名を見た。


「なんで」


「三年、あの部屋に入ってないから」


 彼女は卓袱台に頬をつけた。


「入らないって、けっこう、難しいと思う」


    ※


 僕はその夜、眠れなかった。


 眠れないまま、天井の木目を数えた。


 七つ数えてやめた。


 三年前、僕は、扉の前で六時間、開けないでくださいと言い続けたらしい。


 言い続けて開けられた。


 開けたのは沢渡詩織だ。


 あの人が開けなければ、榛名は、いまごろ、どうなっていたのか。


 考えて、僕は、すぐにその考えを止めた。


 開けなければ、彼女は、あの部屋の中で、決まらないまま、いまも一人でいたことになる。


 それは助かったと言えるのか。


 僕は寝返りを打った。


 隣で榛名の寝息がした。


 その音がまた少し小さくなっていた。


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