↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱の外側で、君は死んでいる  作者: みぎみみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/61

第5話 見られると、なかったことになる


 その日から、僕は実験をはじめた。


 実験、という言い方を自分に許すのに三日かかった。許してしまえば、あとは早かった。三年前まで、僕はそれを仕事にしていた人間だ。


 仮説は単純だった。


 ——榛名がしたことは、他人に見られると、していないことになる。


    ※


 一つ目。洗濯物。


 榛名は畳むのが好きだ。僕がベランダから取り込んで山にして放っておくと、いつのまにか畳んで積んである。角がきちんと合っている。僕が畳むと合わない。


 僕は畳まれたタオルの山を撮った。写真には、畳まれたタオルが写った。


 次に、大家さんを呼んだ。給湯器の音がおかしいと言って部屋に上がってもらった。大家さんは七十過ぎのおばあさんで、部屋の中をひととおり見る癖がある。


 彼女が帰ったあと、タオルは山になっていた。


 畳まれていない。ベランダから取り込んだままの形で無造作に積まれている。


 僕はさっき撮った写真を開いた。


 写真の中のタオルも、山になっていた。


    ※


 二つ目。風呂場の鏡。


 湯を張って、曇った鏡に、榛名に字を書いてもらった。


「なんて書けばいいの」


「なんでも」


 彼女は指で「はるな」と書いた。ひらがなで最後の「な」の跳ねが大きい。彼女の字だ。


 僕はそれを撮った。画面のなかに、確かに「はるな」と写った。


 それから、その写真を岸田さんに送った。件名なし、本文なし。


 三分後に返信が来た。


 ——なんだこれ


 ——曇った鏡


 ——字はどこ


 僕は自分の画面を見た。


 鏡は曇ったままだった。


 白いだけの、何も書かれていない鏡だった。


    ※


 三つ目。


 これはやるかどうか迷った。


 榛名に、僕の腕をつねってもらった。


「なんで」


「痕が残るか見たい」


「ひどいこと言うね」


 彼女は少しだけ笑って僕の左の前腕をつまんだ。爪を立てずに、皮膚だけを挟む。痛かった。


 三十秒後、赤い痕が残った。


 僕はそれを見た。楕円形の、境界のはっきりした赤。榛名の指の幅だ。


 僕はコンビニに行った。レジで金を払うとき、袖をまくった。


 店員は前回と同じ若い男だった。彼は僕の腕を見なかった。だから僕はわざと財布を落として彼にしゃがませた。彼の顔が僕の左腕の高さに来た。


 彼が顔を上げる。


 僕は自分の腕を見た。


 何もなかった。


    ※


 部屋に戻って僕はノートに書いた。


 ——榛名の作用は、第三者の観測により消失する。


 ——消失は記録媒体(写真)にも遡って及ぶ。


 ——ただし、僕の記憶には残る。


 三行目のところで鉛筆が止まった。


 残る、と書いた。


 だがそれは本当か。僕の記憶が残っているというのは、僕がそう思っているというだけのことだ。書き換わっていたら、書き換わったことは分からない。


 僕は四行目を書いた。


 ——僕の記憶は証拠にならない。


 榛名が部屋に入ってきた。手にタオルを持っている。畳もうとして、僕のノートを見て手を止めた。


 彼女はしばらくそれを読んでいた。読んで、それからタオルを畳みはじめた。


「透」


「うん」


「そういうの、やめない?」


 彼女の声は怒っていなかった。


 怒っていないから、余計に悪かった。


「わたしがやったことが消えるのは、べつに、いいの。もう慣れた」


 タオルの角が合う。ぴたりと合う。


「消えるのを、あなたが確認するのはいや」


 僕は鉛筆を置いた。


 置いてから彼女の手元を見た。顔は見なかった。


「ごめん」


「うん」


 畳まれたタオルが、四枚積まれた。


 誰にも見られなければ、それはまだそこにある。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。