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箱の外側で、君は死んでいる  作者: みぎみみ


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10/61

第10話 彼女の写真が、一枚もない


 その夜、僕は携帯の写真を全部見た。


 二千三百十四枚あった。


 ゲラの写真、書棚の写真、電球の型番の写真、駐輪場の張り紙の写真。仕事で撮ったものが七割を占める。残りは意味の分からないものばかりだった。曇った空。信号の柱。定食屋の券売機。


 榛名が写っている写真は、一枚もなかった。


 僕は三度、頭から見返した。三度目は一枚ずつ拡大した。背景に彼女の靴が写っていないか、鏡に映っていないか、それだけを探した。


 無かった。


 四年だ。四年間、同じ部屋で暮らして、一緒に飯を食って二回は旅行にも行った。


 一枚も撮らないということが、あるだろうか。


 僕は写真を撮る人間ではない。それは本当だ。だが駐輪場の張り紙は撮る。電球の型番は撮る。


 撮らなかったのではなく、撮れなかったのだ。


    ※


 彼女のSNSはすぐに見つかった。


 鍵はかかっていなかった。最後の投稿は三年前の十月十六日で白菜の写真だった。


 ——白菜たか。半分でゆるして


 その下に、二百三十七件のコメントがついていた。


 ——うそだよね

 ——信じられません

 ——先週会ったばかりなのに

 ——榛名ちゃん、安らかに

 ——お母様のこと考えると言葉がありません


 日付は全部、三年前の十月十八日以降だった。


 いちばん新しいコメントは、今年の十月十四日についていた。三日前だ。


 ——三年経ちました。まだ受け入れられません


 僕はその一行を、長いこと見ていた。


 三年経った、と誰かが書いている。


 三年経ったと書けるのは、終わったことについてだけだ。


    ※


 電話をかけた。


 院のときの後輩で矢口という男だ。いまは電機メーカーにいる。三年会っていない。


 呼び出し音が七回鳴って出た。


「うわ、高梨さん。久しぶりすぎません?」


「悪い。急に」


「いいっすけど、どうしたんですか」


 僕はなるべく世間話のような声を作った。


「昔の話で確認したいことがあって。相模原の、基礎機構の」


 電話の向こうで空気が変わった。


「……ああ」


「望月さんって覚えてるか」


「望月さん」


 矢口は少し黙った。


「受付にいた人ですよね。あの、亡くなった」


 僕は携帯を持ち直した。


「亡くなった」


「事故で。高梨さん、あのとき現場にいたって聞きましたけど」


「誰から」


「宗像先生から。あのあと高梨さん、大学来なくなったじゃないですか。俺、心配して先生に訊いたんですよ。そしたら」


 矢口の声が少しずつ小さくなっていく。


「そしたら、なんて」


「……見ちゃったんだよ、って」


 僕は窓のほうを見た。


 カーテンが閉まっている。閉めた覚えはない。


「すいません、俺、変なこと言いました?」


「いや」


「高梨さん、大丈夫ですか」


「大丈夫だ。ありがとう」


 僕は電話を切った。


    ※


 最後にもう一度、写真を開いた。


 いちばん新しい一枚は、昨日の夜のものだった。撮った覚えがない。


 卓袱台の写真だった。


 鍋がひとつ。


 茶碗がふたつ。


 片方には汁が入っていて、片方は空だった。


 僕はそれを拡大した。


 空のほうの茶碗の縁に、指の痕がついていた。


 小さい。


 僕の指ではこの幅にならない。


お読みいただきありがとうございました。

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