第11話 自分の墓を、彼女は品定めした
十月十七日の朝、僕は八王子行きの電車に乗った。
三年目の命日だった。
行くと決めたのは前の晩だ。決めてから一睡もしなかった。榛名には言わなかったが、玄関で靴を履いていると、後ろから声がした。
「わたしも行く」
「どこに」
「わたしのお墓」
僕は靴べらを持ったまま、動けなかった。
「なんで知ってる」
「透が三回、寝言で住所言ってたから」
彼女はもう上着を着ていた。
※
霊園は丘の上にあって駅からバスで十五分かかる。
平日の午前で人はほとんどいなかった。管理事務所で区画を訊いて、坂を上がる。銀杏が黄色くなりはじめていて、風が吹くたびに葉が三枚ずつ落ちた。
望月家之墓、と彫られた石は、思っていたより小さかった。
新しい。石の角がまだ立っている。三年しか経っていない石だ。
花が挿してあった。白い菊と、紫の小さいやつ。まだ枯れていない。
榛名は僕の三歩後ろで立ち止まった。
「へえ」
それだけ言った。
「へえ、って」
「思ってたより、ちゃんとしてる」
彼女は自分の墓を、腕を組んで見ていた。品定めするような顔だった。
「お母さん、お金なかったはずなんだけどな」
僕は何も言えなかった。
「透」
「うん」
「わたし、いま、けっこう変な気持ちだよ」
彼女はそう言って少し笑った。
笑っただけでそれ以上は言わなかった。
※
坂の下から、人が上ってくる音がした。
五十代くらいの女性だった。花束を持っている。白い菊と、紫の小さいやつ。
彼女は僕を見て足を止めた。
僕も、足を止めた。
顔を知っていた。三年前の葬儀で、いちばん前に座っていた人だ。あのとき僕はいちばん後ろの、廊下に近い席にいた。
「望月さん」
僕がそう言うと、彼女は花束を持ち替えた。
「高梨さん」
覚えられていた。
覚えられているとは思っていなかった。
「お参りに」
「はい」
「そう」
望月佐和子は僕の横をゆっくりと通って墓の前にしゃがんだ。古い花を抜いて、新しいのを挿す。手際がよかった。三年やっていれば、手際もよくなる。
榛名はその二歩後ろに立っていた。
彼女は母親の背中に手を伸ばしかけて途中で止めた。
指が空中で曲がった。
それから、静かに下ろした。
「見られたら、なかったことになるから」
僕にだけ聞こえる声で彼女は言った。
※
佐和子さんは水をかけてから立ち上がった。
立ち上がって僕のほうを向いた。
「高梨さん」
「はい」
「あなた、あの日、いたんでしょう」
風が吹いて、銀杏が落ちた。
「警察の人から聞きました。実験室の外にいたって。ガラスの向こうから見てたって」
僕は彼女の目を見なかった。
彼女の肩の、少し上あたりを見た。
「覚えてないんです」
それは嘘ではなかった。嘘ではないが真実でもなかった。
「覚えてない」
「はい」
佐和子さんはしばらく黙っていた。
それから、言った。
「そうですか」
責める声ではなかった。
責めてくれたほうが、まだよかった。
「あの子、あなたのこと、よく話してました」
彼女は花束の包みを畳んで鞄に入れた。
「大学院の人で、変な本を読んでて目を見て話さない人だって」
僕は目を上げた。
上げたところに、佐和子さんの顔があった。
「いま、見ましたね」
彼女は少しだけ笑って坂を下りていった。
残された墓の前で榛名が言った。
「お母さん、うまいこと言うでしょ」
その声が少し湿っていた。




