↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱の外側で、君は死んでいる  作者: みぎみみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/61

第11話 自分の墓を、彼女は品定めした


 十月十七日の朝、僕は八王子行きの電車に乗った。


 三年目の命日だった。


 行くと決めたのは前の晩だ。決めてから一睡もしなかった。榛名には言わなかったが、玄関で靴を履いていると、後ろから声がした。


「わたしも行く」


「どこに」


「わたしのお墓」


 僕は靴べらを持ったまま、動けなかった。


「なんで知ってる」


「透が三回、寝言で住所言ってたから」


 彼女はもう上着を着ていた。


    ※


 霊園は丘の上にあって駅からバスで十五分かかる。


 平日の午前で人はほとんどいなかった。管理事務所で区画を訊いて、坂を上がる。銀杏が黄色くなりはじめていて、風が吹くたびに葉が三枚ずつ落ちた。


 望月家之墓、と彫られた石は、思っていたより小さかった。


 新しい。石の角がまだ立っている。三年しか経っていない石だ。


 花が挿してあった。白い菊と、紫の小さいやつ。まだ枯れていない。


 榛名は僕の三歩後ろで立ち止まった。


「へえ」


 それだけ言った。


「へえ、って」


「思ってたより、ちゃんとしてる」


 彼女は自分の墓を、腕を組んで見ていた。品定めするような顔だった。


「お母さん、お金なかったはずなんだけどな」


 僕は何も言えなかった。


「透」


「うん」


「わたし、いま、けっこう変な気持ちだよ」


 彼女はそう言って少し笑った。


 笑っただけでそれ以上は言わなかった。


    ※


 坂の下から、人が上ってくる音がした。


 五十代くらいの女性だった。花束を持っている。白い菊と、紫の小さいやつ。


 彼女は僕を見て足を止めた。


 僕も、足を止めた。


 顔を知っていた。三年前の葬儀で、いちばん前に座っていた人だ。あのとき僕はいちばん後ろの、廊下に近い席にいた。


「望月さん」


 僕がそう言うと、彼女は花束を持ち替えた。


「高梨さん」


 覚えられていた。


 覚えられているとは思っていなかった。


「お参りに」


「はい」


「そう」


 望月佐和子は僕の横をゆっくりと通って墓の前にしゃがんだ。古い花を抜いて、新しいのを挿す。手際がよかった。三年やっていれば、手際もよくなる。


 榛名はその二歩後ろに立っていた。


 彼女は母親の背中に手を伸ばしかけて途中で止めた。


 指が空中で曲がった。


 それから、静かに下ろした。


「見られたら、なかったことになるから」


 僕にだけ聞こえる声で彼女は言った。


    ※


 佐和子さんは水をかけてから立ち上がった。


 立ち上がって僕のほうを向いた。


「高梨さん」


「はい」


「あなた、あの日、いたんでしょう」


 風が吹いて、銀杏が落ちた。


「警察の人から聞きました。実験室の外にいたって。ガラスの向こうから見てたって」


 僕は彼女の目を見なかった。


 彼女の肩の、少し上あたりを見た。


「覚えてないんです」


 それは嘘ではなかった。嘘ではないが真実でもなかった。


「覚えてない」


「はい」


 佐和子さんはしばらく黙っていた。


 それから、言った。


「そうですか」


 責める声ではなかった。


 責めてくれたほうが、まだよかった。


「あの子、あなたのこと、よく話してました」


 彼女は花束の包みを畳んで鞄に入れた。


「大学院の人で、変な本を読んでて目を見て話さない人だって」


 僕は目を上げた。


 上げたところに、佐和子さんの顔があった。


「いま、見ましたね」


 彼女は少しだけ笑って坂を下りていった。


 残された墓の前で榛名が言った。


「お母さん、うまいこと言うでしょ」


 その声が少し湿っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。