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「帰ってきたくなる場所」

作者:唯
最新エピソード掲載日:2026/06/04
「ただいまのない部屋」


# 「帰ってきたくなる場所」

夜11時。

アパートの外階段を、
湊はゆっくり上っていた。

コンビニ袋の中で、
缶コーヒーが小さく鳴る。

五月の夜風は少し冷たい。

でも、
火照った頭には心地よかった。

「……疲れたな」

小さく呟いて、
湊は苦笑する。

今日も残業だった。

後輩のミスを一緒に片付けていたら、
気づけば終電ぎりぎり。

同僚には、
「お人好しすぎる」と言われる。

でも。

困っている人を見ると、
放っておけない。

それが昔からの性格だった。

アパート二〇三号室。

古い扉の鍵を開ける。

ガチャ。

暗い部屋。

静かな空気。

「……ただいま」

誰もいないのに、
つい口に出る。

返事がなくても、
そう言った方が落ち着くから。

湊は電気をつけ、
ネクタイを緩めた。

その時だった。

コンコン。

遠慮がちなノック音。

「……?」

こんな時間に珍しい。

湊は扉を開ける。

そこにいたのは、
小柄な女性だった。

白いパーカー。

少し眠たそうな目。

ふわっと揺れる黒髪。

両手には、
小さな鍋。

「あの……」

彼女は少し緊張したように笑った。

「肉じゃが、作りすぎちゃって」

湊は一瞬きょとんとして、
それから優しく笑った。

「あぁ、そういうの嬉しいです」

その言葉に、
彼女は少し安心した顔になる。

「隣に引っ越してきました。朝倉灯です」

ぺこり、と頭を下げる。

「夜遅くにすみません」

「全然。むしろ助かります」

湊は鍋を受け取りながら言った。

「今日、ちゃんとしたご飯じゃなかったので」

灯は小さく目を丸くした。

「……コンビニですか?」

「あ、バレました?」

「なんとなくです」

ふふ、と灯が笑う。

柔らかい笑顔だった。

それだけで、
冷たかった部屋の空気が、
少しだけ変わった気がした。

すると。

ぐぅぅ……

小さな音。

灯のお腹だった。

「あっ……」

灯の顔が一気に赤くなる。

「ち、違うんです今のは……!」

「ふふっ」

湊は思わず笑った。

優しい笑いだった。

からかうんじゃなくて、
安心するような笑い。

「よかったら、一緒に食べます?」

その言葉に。

「おかえりの灯り」
2026/05/23 17:49 (改)
「消えない音」
2026/05/24 11:57
「出る理由」
2026/05/24 12:00
「戻れない声」
2026/05/24 12:02
「切れない手」
2026/05/24 12:04
「境界線」
2026/05/24 12:11
「朝の気配」
2026/05/24 12:17
「書類の理由」
2026/05/24 12:26
「線を引く声」
2026/05/24 12:45
「残ったもの」
2026/05/24 12:47
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