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## 第31話 ### 「壊れそうな夜」

## 第31話


### 「壊れそうな夜」


雨が降り始めたのは、深夜だった。


窓に当たる小さな音が、

部屋の静けさをゆっくり揺らしている。


灯はソファに座ったまま、

眠れずにいた。


頭から離れない。


『次は、壊れる前に離してあげて』


あの紙。


あの言葉。


そして、

それを見た時の湊の顔。


今まで見たことのない表情だった。


---


キッチンの方を見る。


湊はまだ起きていた。


電気もつけず、

暗い部屋の中で一人座っている。


その背中が、

少しだけ遠く見える。


灯はゆっくり立ち上がる。


足音を小さくして近づく。


「……寝ないんですか」


湊は少しだけ振り返る。


「あ、起こしましたか」


いつもの声。


でも少し掠れている。


灯は首を振る。


「眠れなくて」


湊は小さく笑う。


「同じですね」


沈黙。


雨音だけが続く。


灯は少し迷ってから、

湊の向かいに座る。


そして言う。


「……怖いですか」


湊の目が少しだけ止まる。


今までなら、

「大丈夫です」で終わっていた。


でも今日は違った。


長い沈黙のあと。


湊は静かに言う。


「怖いです」


灯の胸が少しだけ締まる。


湊は続ける。


「また同じことになる気がしてます」


「誰かを守ろうとして」


「結局、壊してしまう」


その声は、

初めて“自分自身”を責めていた。


灯は黙って聞く。


湊は笑おうとする。


でもうまく笑えない。


「だから本当は」


少し間。


「灯さんをここに置くべきじゃなかったのかもしれません」


その瞬間。


灯の中で何かが強く揺れる。


悲しい。


怖い。


でも、それ以上に。


腹が立った。


灯は初めて、

少し強い声を出す。


「それ、ずるいです」


湊が顔を上げる。


灯は止まらない。


「勝手に助けて」


「勝手に守ろうとして」


「今度は勝手に離れようとしないでください」


部屋の空気が止まる。


湊は何も言えない。


灯の目は揺れている。


でも逃げていない。


「私は、ここにいるって決めたんです」


「湊さんが怖いなら」


「一緒に怖がればいいじゃないですか」


声が震える。


でも、本音だった。


---


湊はその言葉を聞いて、

初めて完全に言葉を失う。


灯はさらに言う。


「一人で全部やろうとするから苦しくなるんです」


「前の人も、きっと……」


そこまで言って、

灯は止まる。


踏み込みすぎたと思った。


でも湊は怒らなかった。


代わりに、

静かに目を閉じる。


「……かもしれません」


その声は、

今までで一番弱かった。


---


雨音が少し強くなる。


灯は小さく息を吐く。


そして、

ゆっくり言う。


「帰ってきたくなる場所って」


「完璧な場所じゃなくていいと思うんです」


湊は静かに聞いている。


灯は続ける。


「不安でも」


「怖くても」


「帰ってきてもいいって思えるなら」


「それで十分なんじゃないですか」


静かな言葉。


でも、

この作品のテーマそのものだった。


---


湊は長い沈黙のあと、

小さく笑う。


今度の笑顔は、

初めて少しだけ“救われた顔”だった。


「……敵いませんね」


灯は少しだけ笑い返す。


「今さらです」


その瞬間。


部屋の空気が少しだけ変わる。


支える側と、

支えられる側。


その境界が、

静かに消え始めていた。


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