## 第32話 ### 「触れたくなる温度」
## 第32話
### 「触れたくなる温度」
次の日の朝。
雨は止んでいた。
窓の外には、
薄い光がゆっくり広がっている。
灯は珍しく先に起きていた。
キッチンに立つ。
冷蔵庫を開けて、
少し悩む。
卵。
食パン。
ベーコン。
「……簡単なのなら」
小さく呟く。
昨日の夜。
“支える”って言った。
だったらまず、
できることから始めようと思った。
フライパンを出す。
でも次の瞬間。
「あっ」
卵を落とす。
ぐしゃ。
沈黙。
灯は固まる。
床に広がる黄色。
最悪だった。
その時。
後ろから声。
「朝から事件ですね」
灯が振り返る。
湊が立っていた。
少し寝癖。
いつもよりラフな姿。
灯は慌てる。
「す、すみません!」
「やろうと思ったんですけど……!」
湊は数秒だけ床を見る。
そして――
吹き出した。
「……ふっ」
灯が止まる。
湊は肩を押さえながら笑っている。
ちゃんと笑っている。
昨日までの、
無理に作った笑顔じゃない。
灯は目を丸くする。
「え」
湊は息を整えながら言う。
「いや……すみません」
「ちょっと予想以上で」
灯は顔を赤くする。
「笑わなくてもいいじゃないですか!」
湊はまだ少し笑っている。
「ごめんなさい」
でもその声は、
すごく柔らかかった。
---
数分後。
二人で床を拭いていた。
灯はまだ少し不機嫌。
「絶対、失敗すると思ってましたよね」
湊は少し考える。
「半分くらいは」
「ひどい」
その返しがあまりにも普通で、
二人とも少し止まる。
普通。
それが今、
一番珍しかった。
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朝食は結局、
二人で作ることになった。
湊が焼いて、
灯が皿を並べる。
その途中。
灯がふと聞く。
「……昨日のこと」
湊の手が少し止まる。
灯は続ける。
「後悔してますか」
静かな問い。
湊はしばらく考える。
そして言う。
「怖くはあります」
「でも」
少しだけ灯を見る。
「後悔はしてません」
その言葉に、
灯の胸が少し熱くなる。
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食卓。
小さな朝。
でも。
昨日までとは、
確実に違う空気があった。
その時。
スマホが震える。
二人の動きが止まる。
湊が画面を見る。
非通知。
空気が少しだけ張る。
数秒。
湊は出ない。
その代わり、
メッセージが入る。
短い文。
『まだ終わってないよ』
灯の顔が曇る。
でも今度は、
昨日ほど崩れない。
湊はスマホを伏せる。
小さく息を吐く。
そして言う。
「……朝ごはん、冷めますね」
灯は少しだけ笑う。
「話そらしました?」
「少しだけ」
そのやり取りが、
妙に安心できた。
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けれど。
二人はまだ知らない。
“過去”は、
終わらせようとすると、
一番強く戻ってくることを。




