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## 第33話 ### 「終わっていない人」

## 第33話


### 「終わっていない人」


朝食のあと。


部屋には、

少しだけ穏やかな空気が戻っていた。


灯はマグカップを洗いながら、

昨日より呼吸が楽になっていることに気づく。


怖さが消えたわけじゃない。


でも、

“怖いまま居られる場所”になり始めていた。


その時。


コン、コン。


ノック。


静かな音。


二人の動きが止まる。


空気が張る。


灯の手が小さく震える。


湊はすぐ立ち上がる。


でも昨日までと違う。


焦りじゃない。


“来るかもしれない”を想定した動き。


湊はドアの前に立つ。


「……どちら様ですか」


数秒の沈黙。


そして。


「私」


女性の声。


喫茶店で会った、

あの人だった。


灯の胸がざわつく。


湊は少しだけ目を閉じる。


そして鍵を開ける。


---


女性は昨日と同じコートを着ていた。


でも今日は少し疲れて見える。


部屋に入るなり、

灯へ軽く頭を下げる。


「突然ごめんね」


灯は戸惑いながら、

小さく会釈する。


湊は静かに聞く。


「何の用?」


女性は少しだけ笑う。


「相変わらず直球」


でもその笑顔は、

昨日よりずっと弱い。


---


女性はテーブルに一枚の紙を置く。


病院の診断書。


灯が少し目を開く。


湊の表情が変わる。


「……何これ」


女性は静かに言う。


「私、少し前まで入院してた」


空気が止まる。


灯は思わず湊を見る。


湊は動かない。


女性は続ける。


「別に同情してほしいわけじゃない」


「ただ」


少し間。


「あなたにだけは、言っとこうと思って」


---


沈黙。


湊は低く言う。


「なんで今さら」


女性は笑う。


でもその笑顔は、

どこか壊れかけている。


「今さらだからでしょ」


その返しに、

湊が言葉を失う。


---


灯は気づく。


この人も、

“帰れなかった人”なんだと。


---


女性は部屋を見回す。


小さなテーブル。


二人分のカップ。


まだ少し散らかった空気。


そして、

少しだけ笑う。


「……ここ、前よりちゃんとしてる」


湊は眉を寄せる。


「比べないで」


女性は肩をすくめる。


「ごめん」


少し間。


そして。


「でも、いい顔してる」


その言葉に、

湊の表情がわずかに揺れる。


---


女性は帰ろうとする。


でも玄関の前で止まる。


振り返らないまま言う。


「私ね」


「ずっと腹立ってた」


静かな声。


「あなたが誰かを助けようとしてるの」


湊は黙る。


女性は続ける。


「だって、自分のこと全然助けないから」


その言葉が、

部屋の真ん中に落ちる。


灯の胸が小さく揺れる。


女性は最後に小さく笑う。


「今度はちゃんと、二人で壊れてね」


そう言って、

部屋を出ていく。


---


ドアが閉まる。


静寂。


でも昨日までの重さとは違う。


灯はぽつりと言う。


「……あの人」


湊は壁にもたれたまま、

目を閉じている。


灯は続ける。


「まだ、湊さんのこと大事なんですね」


湊は少しだけ苦く笑う。


「どうなんでしょう」


その声は、

今までで一番疲れていた。


灯はゆっくり近づく。


そして初めて。


そっと、

湊の袖を掴む。


小さな動き。


でも、

今までで一番近い距離だった。


湊は少し驚いた顔をする。


灯は俯いたまま言う。


「……一人で壊れないでください」


静かな声。


でも、

震えていた。


湊はその言葉を聞いて、

ゆっくり目を閉じる。


その瞬間。


この部屋は、

“逃げ場所”ではなく、


“傷ついた人が戻ってくる場所”に、

少しだけ変わっていた。


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