「作れなかった場所」
「作れなかった場所」
夜が少しだけ静かになった頃。
灯はソファで眠っていた。
浅い眠り。
湊はその横に座らず、
窓の近くに立っていた。
外の街灯が、
薄く部屋の壁を照らしている。
その光を見ながら、
湊はふと、昔のことを思い出す。
(あの時も、同じ夜だった)
■回想
まだ今より若い頃。
湊は、誰かと一緒に暮らしていた。
名前は出さない。
ただ、“その人”はよく笑う人だった。
「ここ、落ち着くね」
そう言っていた。
湊も同じことを思っていた。
ここは“帰ってきてもいい場所”になるはずだった。
そう思っていた。
でも。
ある日、その人は言った。
「ここ、ちょっと息苦しいかも」
湊は気づかなかった。
優しさが、圧になっていたことに。
気を遣っていたつもりが、
相手の自由を削っていたことに。
その数日後。
その人は出ていった。
理由ははっきり言わなかった。
ただ一言だけ。
「優しいのに、苦しい」
湊は追わなかった。
追えなかった。
■現在
湊は目を閉じる。
(あの時、引き止めていたら違ったのか)
何度も考えた問い。
でも答えは出ないまま残った。
その時。
小さな声。
「湊さん……?」
灯が目を覚ましていた。
湊は振り返る。
「起きましたか」
灯は少しぼんやりした顔で言う。
「なんか……怖い夢見てました」
湊は少しだけ間を置いてから言う。
「大丈夫です」
いつもの言葉。
でも今日は少し違う。
灯は聞く。
「湊さんって、昔からこういう人なんですか」
「人のこと、助けようとする感じ」
湊は少し黙る。
そして初めて、
少しだけ視線を落とす。
「……昔は違いました」
灯の目が少しだけ動く。
湊は続ける。
「一度だけ」
「大事な場所を作ろうとして、壊したことがあります」
静かな声。
でも重い。
灯は起き上がる。
「壊した……?」
湊は頷く。
「守ろうとしたんです」
「でも、守ることが正しいと思いすぎた」
「気づいた時には、相手はもういなかった」
沈黙。
部屋の空気が変わる。
これまでの“優しい湊”が少し揺れる。
灯は小さく言う。
「じゃあ今も……」
湊は少しだけ笑う。
でもその笑いは優しくない。
「同じかもしれません」
その瞬間。
灯の中で何かが引っかかる。
(この人も、壊れた側なんだ)
湊は続ける。
「だから作ってるんです」
「“帰ってきてもいい場所”を」
少し間。
「今度は、壊さないように」
灯はその言葉を聞いて、
ゆっくり息を吸う。
そして小さく言う。
「それって……一人でやるものなんですか」
湊は止まる。
灯は続ける。
「私、ここにいるって決めたんですけど」
「それって、手伝っちゃダメですか」
湊の目が初めて揺れる。




