「少しだけ違う朝」
「少しだけ違う朝」
朝は静かだった。
でも、その静けさはもう“安心”とは違う種類のものになっていた。
灯はキッチンの椅子に座っている。
昨日の言葉がまだ残っている。
――「手伝っちゃダメですか」
自分で言ったはずなのに、
まだ少し現実感がない。
湊はいつも通りコーヒーを淹れていた。
ただ、いつもより少しだけ動きがゆっくりだった。
何かを考えている時の動き。
「……湊さん」
灯が声をかける。
湊は顔を上げる。
「はい」
灯は少しだけ迷ってから言う。
「昨日の話なんですけど」
湊はすぐに遮らない。
ただ待つ。
灯は続ける。
「私、できることあるならやりたいです」
短い言葉。
でも、昨日よりはっきりしていた。
湊は少しだけ目を細める。
「危ないですよ」
それは反対ではなく、確認だった。
灯は少し笑う。
「もう十分、今も危ないです」
その言い方に、
湊は少しだけ息を吐く。
「……確かに」
小さな間。
湊はコーヒーを一口飲む。
そして言う。
「じゃあ、いくつかだけ」
灯が顔を上げる。
湊は続ける。
「無理しないこと」
「一人で決めないこと」
「怖くなったら止まること」
灯は少しだけ頷く。
「それって……参加条件みたいですね」
湊は少しだけ笑う。
「そんな感じです」
空気が少しだけ軽くなる。
その時。
ピンポン。
インターホン。
二人の動きが一瞬止まる。
灯の表情が少しだけ強張る。
でも、昨日ほどではない。
湊は画面を確認する。
少し間。
そして言う。
「郵便です」
灯は小さく息を吐く。
「……心臓に悪いですね」
湊は軽く頷く。
「しばらくは、そういうの続きます」
灯は少し黙る。
そしてぽつりと言う。
「でも、昨日よりはマシです」
その言葉に、湊は少しだけ目を伏せる。
(変わってきている)
いい意味でも、悪い意味でも。
その時。
湊のスマホが震える。
画面を見る。
一瞬だけ表情が変わる。
灯が気づく。
「……どうかしました?」
湊はすぐには答えない。
そして短く言う。
「昔の知り合いからです」
灯の胸が少しだけ動く。
湊は続ける。
「“会えないか”って」
その一言で、
空気が少し変わる。
灯は何も言わない。
でも、目が揺れる。
(この人の“過去”が、今ここに入ってくる)
湊はスマホを見たまま、
少しだけ沈黙する。
そして――
小さく息を吐く。
「……会うべきかもしれませんね」
その言葉は、
静かにこの物語の扉をもう一つ開いた。




