# 第44話 ## 「消えた記録」
# 第44話
## 「消えた記録」
病院の廊下。
灯はスマホを握りしめたまま動けなかった。
耳の奥で、
電話の声が何度も繰り返される。
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「確認したいことがあります」
電話の相手は市役所の職員だった。
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「灯さんのお母様に関する書類なのですが……」
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最初は何の話か分からなかった。
でも。
次の言葉で全身が凍る。
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「戸籍関係の記録に不自然な点が見つかりました」
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灯は息を止める。
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「不自然な点……ですか?」
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職員は慎重に続ける。
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「電話では詳しく話せません」
「ただ、一度ご本人と確認をお願いしたいのです」
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通話終了。
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灯は壁にもたれる。
頭が真っ白だった。
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戸籍。
記録。
不自然。
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意味が分からない。
でも。
嫌な予感だけはした。
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その時。
病室のドアが開く。
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湊が出てくる。
目が赤い。
でも少しだけ穏やかな顔だった。
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七年越しの言葉。
七年越しの和解。
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そんな時間を過ごした直後だった。
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灯の顔を見るなり。
湊は気づく。
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「何かありました?」
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灯は迷う。
今言うべきか。
後にするべきか。
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でも。
隠せなかった。
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「電話が……」
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事情を説明する。
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話を聞き終えた湊の表情が変わる。
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「戸籍?」
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灯は頷く。
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「意味が分からなくて……」
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湊は少し考える。
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そして静かに言った。
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「一人で聞きに行きますか?」
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灯は首を振る。
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「無理です」
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即答だった。
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怖い。
何が出てくるのか。
何を聞かされるのか。
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湊は頷く。
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「じゃあ一緒に行きましょう」
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その言葉だけで。
灯の呼吸が少し戻る。
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翌日。
二人は市役所を訪れた。
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担当職員に案内される。
小さな相談室。
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机の上には数枚の書類。
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職員は慎重に話し始める。
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「まず謝罪させてください」
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灯の心臓が強く鳴る。
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「過去の記録を再点検していた際」
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「誤登録の可能性が見つかりました」
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灯は理解できない。
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職員は続ける。
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「出生時の記録についてです」
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空気が変わる。
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湊も真剣な顔になる。
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職員は一枚の書類を差し出した。
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そこに書かれていた日付。
名前。
病院名。
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そして。
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灯の視線が止まる。
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「……え?」
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思わず声が漏れる。
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そこには。
母の名前。
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そして。
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もう一人。
知らない女性の名前が記されていた。
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灯の手が震える。
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職員は静かに言う。
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「可能性としてですが」
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「出生時に記録の取り違えが起きていたかもしれません」
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沈黙。
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灯は理解できない。
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頭が追いつかない。
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取り違え?
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つまり。
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「私……」
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声が震える。
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「母の子じゃないかもしれないってことですか……?」
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相談室の空気が凍りつく。
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湊が思わず灯を見る。
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職員は苦しそうに頷く。
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「現時点では可能性です」
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「ですが確認が必要になります」
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灯の世界が揺れる。
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帰ってきたくなる場所。
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そう思い始めたばかりだった。
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なのに。
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今度は。
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「家族そのもの」が揺らぎ始める。
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そして。
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相談室を出る直前。
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職員がもう一枚の書類を見て顔を変えた。
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「……おかしい」
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小さな呟き。
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灯と湊が振り返る。
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職員は信じられないものを見るような顔で言った。
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「この名前……」
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「なぜここに――」
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その視線の先には。
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七年前に姿を消した、
湊の家族に関する記録があった。
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**第45話「交差する過去」へ続く。**




