# 第43話 ## 「父と息子」
# 第43話
## 「父と息子」
病室は静かだった。
窓から夕陽が差し込んでいる。
オレンジ色の光が、
白いシーツを照らしていた。
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父はベッドの上にいた。
七年前の記憶より。
ずっと小さく見える。
ずっと老けて見える。
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そして。
震える声で言った。
「……帰ってきたのか」
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湊は言葉を失う。
怒鳴られると思っていた。
責められると思っていた。
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なのに。
最初の言葉がそれだった。
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沈黙。
長い沈黙。
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父が少し笑う。
「七年か」
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湊はようやく口を開く。
「そうですね」
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父は天井を見る。
「長かったな」
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その言葉に。
湊の胸が少しだけ痛む。
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父は続けた。
「お前がいなくなってから」
「家が静かになった」
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湊は黙る。
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「せいせいしたと思った」
父が言う。
「最初はな」
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苦笑。
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「でも違った」
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病室の空気が変わる。
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「毎日気になった」
「元気か」
「飯は食ってるか」
「生きてるか」
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父は笑う。
情けない顔で。
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「親ってのは面倒だな」
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湊は拳を握る。
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今さら。
本当に今さらだ。
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七年間。
聞きたかった言葉。
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でも。
簡単に許せるほど。
傷は浅くない。
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湊は低く言う。
「じゃあなんで」
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父が見る。
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「なんで一度も言わなかったんですか」
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声が震える。
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「なんで認めてくれなかったんですか」
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父は黙る。
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湊は止まらない。
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「頑張ったんです」
「本当に」
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涙が滲む。
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「褒めてほしかった」
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病室が静まり返る。
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「一回でいいから」
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湊の声が割れる。
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「よくやったって」
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その瞬間。
七年間閉じ込めていた感情が。
溢れた。
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父は目を閉じる。
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そして。
小さく言った。
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「すまなかった」
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湊が固まる。
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父は続ける。
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「不器用だった」
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笑う。
自嘲するように。
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「いや」
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首を振る。
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「逃げてたんだろうな」
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夕陽が揺れる。
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父は涙を拭った。
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「お前が頑張るほど」
「期待した」
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「期待するほど」
「厳しくした」
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「それが愛情だと思ってた」
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かすれた声。
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「馬鹿だった」
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病室の空気が震える。
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湊は何も言えない。
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父が。
父自身が。
間違いを認めている。
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それは。
想像していなかった未来だった。
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やがて。
父が言う。
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「湊」
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七年ぶりに。
名前を呼ばれる。
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「よく生きててくれた」
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その瞬間。
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湊の視界が滲む。
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欲しかった言葉。
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七年間。
ずっと欲しかった言葉。
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「……っ」
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声にならない。
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涙だけが落ちる。
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病室の外。
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灯はドアの向こうを見つめていた。
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聞こえる声。
聞こえない声。
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でも分かる。
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今。
湊の中の何かが。
ようやくほどけ始めている。
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その時。
灯のスマホが震えた。
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知らない番号。
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出る。
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数秒後。
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灯の顔色が変わった。
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「え……?」
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血の気が引く。
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病室のドアを見る。
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そして呟く。
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「そんな……」
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電話の向こうの声は続く。
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「本当ですか……?」
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灯の手が震える。
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病院の廊下に。
重い沈黙が落ちる。
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そして。
この電話が。
湊と灯の未来を大きく揺らすことになる。
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**第44話「消えた記録」へ続く。**




