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# 「会いたくなかった人」

# 第42話


## 「会いたくなかった人」


喫茶店の空気が止まった。


灯も。


母も。


湊の顔を見ている。


---


「父が倒れたそうです」


その言葉は静かだった。


でも。


湊自身が一番驚いているように見えた。


---


灯は立ち上がる。


「大丈夫ですか」


湊は少しだけ黙る。


そして。


「分かりません」


と答えた。


---


それは本音だった。


心配なのか。


怒っているのか。


会いたいのか。


会いたくないのか。


自分でも分からない。


---


父。


その言葉だけで。


胸の奥に重たいものが沈む。


---


灯の母が言う。


「行ってあげなさい」


湊は視線を向ける。


灯の母は少しだけ笑う。


「後悔する前に」


---


その言葉が。


数日前の灯と重なる。


---


湊は頭を下げる。


「失礼します」


---


店を出る。


灯も後を追う。


---


駅へ向かう途中。


湊は何も話さない。


灯も無理に話しかけない。


---


ようやく。


ホームに着いた時。


湊がぽつりと言った。


「嫌いなんです」


---


灯は静かに聞く。


---


「父が」


---


風が吹く。


電車の音が遠くで聞こえる。


---


「昔から厳しくて」


「何をやっても認めなくて」


「失敗すると怒られて」


「頑張っても当たり前で」


---


湊の声は淡々としている。


でも。


その奥にずっと押し込めてきた感情がある。


---


「だから家を出ました」


---


灯は初めて知る。


湊が家族の話を避けていた理由を。


---


「会わなくなって七年です」


湊が言う。


「一度も」


---


七年。


それは短くない。


---


灯は聞く。


「後悔してますか」


---


湊は答えない。


しばらく黙る。


---


そして。


小さく笑った。


苦い笑顔。


---


「分からないんです」


---


電車がホームに入ってくる。


---


湊は続ける。


「許せない気持ちもある」


「でも」


---


少しだけ目を伏せる。


---


「それでも倒れたと聞いて」


「今こうして向かってる」


---


その言葉は。


湊自身の答えだった。


---


病院に着く頃には。


もう夕方になっていた。


---


案内された病室。


番号を見た瞬間。


湊の足が止まる。


---


ドアの向こうにいる。


七年間会わなかった父。


---


手が少し震える。


---


灯がそっと言う。


「私はここにいます」


---


湊が振り返る。


---


灯は笑う。


少しだけ。


---


「帰ってくる場所ですから」


---


その言葉で。


湊の表情が少しだけ和らぐ。


---


そして。


ドアノブに手をかける。


---


七年ぶりに会う父は。


どんな顔をしているのだろう。


---


怒っているのか。


変わっていないのか。


それとも。


---


湊はゆっくりドアを開けた。


---


ベッドの上には。


思っていたより。


ずっと小さくなった父がいた。


---


そして父は。


湊を見るなり。


震える声で言った。


---


「……帰ってきたのか」


---


その一言に。


湊の胸の奥で。


何かが大きく揺れた。


---


**第43話「父と息子」へ続く。**


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