↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
23/51

「ドアの前で止まるもの」



「ドアの前で止まるもの」


夜はまだ終わっていなかった。


灯のスマホは、机の上で静かに沈黙している。


さっきのメッセージ。


『話さないなら、そっちに行く』


その一文だけが、

部屋の空気に残っていた。


灯はソファに座ったまま、

動けない。


怖いのに、

もう“逃げる反射”だけでは動かない。


その代わりに、

思考が止まらない。


(来るって、どこに?)


(ここに?)


その時だった。


コン。


軽いノック。


一度だけ。


それだけで、

灯の呼吸が止まる。


湊はすぐに立ち上がる。


でも、昨日までのような“確認の動き”じゃない。


今日は違う。


一歩が、早い。


「……出ません」


灯の声が裏から飛ぶ。


湊は一瞬だけ止まり、

振り返らずに言う。


「分かってます」


そしてドアへ向かう。


コン。


もう一度。


今度は少し強い。


湊はドアの前に立ち、

息を一つだけ整える。


そして言う。


「どちら様ですか」


外から声。


低く、はっきりとした女性の声。


「灯の母です」


その瞬間。


部屋の空気が、完全に変わった。


灯の肩が跳ねる。


「……っ」


息が詰まる。


湊は振り返らない。


ただ静かに言う。


「今日はお引き取りください」


外の声がすぐ返る。


「娘に会いに来ただけです」


「会う権利はあります」


“権利”


その言葉が、静かに刺さる。


湊は少しだけ目を細める。


そして言う。


「ここは本人の意思で決めています」


外の沈黙。


一拍。


そして声が変わる。


「あなた、誰?」


湊は少し間を置く。


ここで答えを間違えると、

すべてが壊れる。


だから短く言う。


「隣人です」


外の声が少し笑う。


冷たい笑い。


「隣人が、そこまで口出しするんですか」


湊は一歩も引かない。


「していません」


「守っているだけです」


その言葉に、

灯の胸が小さく揺れる。


守る。


さっき自分が選んだ言葉。


外の声は続く。


「その子は家の問題を抱えているだけです」


「外部の人間が介入することではありません」


湊は静かに返す。


「問題かどうかは、本人が決めます」


沈黙。


廊下の空気が重くなる。


そして――


灯の母の声が、少しだけ低くなる。


「灯」


ドア越しに呼ぶ。


「出てきなさい」


その一言で、

灯の中の何かが一気に揺れる。


過去と現在がぶつかる音。


湊は振り返る。


灯は立ち上がっていた。


でも、足が動かない。


その目が震えている。


湊は一瞬だけ迷う。


そして言う。


「灯さん」


灯が顔を上げる。


湊は静かに続ける。


「ここで決めていいです」


「出るか、出ないか」


外の声はまだ続いている。


でも今は、

この部屋の中だけが“選択の場所”だった。


灯は唇を噛む。


手が震える。


そして――


小さく息を吸う。


過去と現在の間で、

初めて自分の声を出す。


「……私は」


ドアの向こうと、

この部屋の中と、


すべてが静かに止まる。


灯の選択だけが、

残されていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。