「選んだあとに残るもの」
「選んだあとに残るもの」
大学職員の女性が部屋を出ていったあと、
静けさだけが残った。
ドアが閉まる音が、
やけに遠く感じる。
灯はその場に立ったまま、
動けなかった。
「……私」
声が出るまでに時間がかかる。
「今の、正しかったんでしょうか」
湊はすぐに答えない。
少しだけ視線を落とす。
そして言う。
「正しいかどうかは、今は分からないです」
灯の目が揺れる。
湊は続ける。
「でも、“自分で決めた”って事実は残ります」
その言葉は優しいのに、
少しだけ重かった。
灯はゆっくり座り込む。
「自分で決めたって……こんなに怖いんですね」
その声は弱い。
でも逃げていない。
湊は少しだけ笑う。
「初めてなら、そうだと思います」
その時。
スマホがまた鳴る。
今度は通知ではない。
着信。
画面には——
『母』
灯の呼吸が止まる。
昨日までと違うのは、
もう“反射で怖がる”段階ではないことだった。
湊が静かに言う。
「出ますか?」
灯は画面を見る。
長い沈黙。
そして。
ゆっくり首を振る。
「……今は、出ません」
その言葉は小さい。
でも、昨日よりずっと強い。
湊は頷く。
「それでいいと思います」
だが、その瞬間。
灯のスマホがもう一度震える。
今度はメッセージ。
『話さないなら、そっちに行く』
灯の顔が強張る。
空気が変わる。
“終わったはずのものが、終わっていない”
湊はその文面を見て、
小さく息を吐く。
(やっぱり、ここからが本番だ)
灯は震えながら言う。
「湊さん……どうしよう」
その声は、
今までで一番“頼る声”だった。
湊は少しだけ間を置いてから言う。
「一つだけ選びましょう」
灯が顔を上げる。
湊は続ける。
「逃げる準備をするか」
「ここを守る準備をするか」
静かな選択肢。
でも、意味は重い。
灯はスマホを握りしめる。
そして――
初めて、自分の意思で言う。
「……守りたいです」
その言葉が出た瞬間、
部屋の空気が変わる。
ただの避難場所だった部屋が、
“守る場所”に変わり始める。
湊は小さく頷く。
「じゃあ、やることは決まってます」
窓の外を見る。
夜はまだ終わらない。
だがこの瞬間から、
二人の立場は変わった。




