「選ぶのは誰でもない」
「選ぶのは誰でもない」
大学職員の女性は、
湊と灯の顔を交互に見たあと、
静かに言った。
「正直に言います」
「このままだと、灯さんは“保護対象としての確認手続き”に入る可能性があります」
部屋の空気が固まる。
灯の指先が震える。
「……保護?」
その言葉は、
安心ではなく“管理”の匂いがした。
女性は続ける。
「ご家族からの申請があれば、生活状況の確認が入ります」
「その場合、現在の居住は継続できない可能性があります」
湊の目が少しだけ鋭くなる。
「それは本人の意思より優先されるんですか」
女性は少しだけ黙る。
「状況によります」
その曖昧さが一番重い。
灯はゆっくりと立ち上がる。
「……じゃあ私は」
声が震えている。
でも止めない。
「どこにいても、戻されるかもしれないんですか」
誰もすぐに答えられない。
沈黙。
その中で、灯は初めて顔を上げた。
湊を見る。
そして言う。
「湊さん」
「私、ずっと決めてもらってました」
「逃げるのも、残るのも」
湊の呼吸が止まる。
灯は続ける。
「でも今は違うって言われても」
「どうやって“自分で決める”のか分からないです」
その瞬間。
湊の中で何かが崩れる。
(この子はまだ“選び方”を知らない)
湊は一歩前に出る。
初めて、
はっきりと感情を出すように言う。
「じゃあ、今ここで覚えればいいです」
灯が目を見開く。
湊は続ける。
「誰かに決められる前に」
「一回、自分で選びましょう」
灯の声が小さくなる。
「……何を?」
湊は少しだけ間を置いてから言う。
「ここに残るか、戻るか」
空気が止まる。
女性も黙る。
灯は震えながら、
ゆっくり息を吸う。
そして――
初めて、自分で口を開く。
「……私は」
長い沈黙。
湊が見守る。
灯の目が揺れる。
でも、逃げない。
そして。
「私は、まだここにいます」
その言葉は小さい。
でも確かだった。
その瞬間。
部屋の空気が、
ほんの少しだけ変わる。
“決められた場所”から
“選んだ場所”へ。
だが――
女性は静かに言う。
「分かりました」
「では、その選択を“記録”します」
その言葉で現実は終わらない。
むしろ、
ここから始まる。
湊は小さく息を吐く。
(これは終わりじゃない)
(選んだ瞬間から、責任が始まる)
灯はまだ震えている。
でも、
もうさっきとは違う震えだった。




