↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
24/51

「線を引く声」



「線を引く声」


「……私は」


その言葉の続きが出るまでに、

灯は何度も息を吸った。


喉の奥が固まっている。


怖い。


それでも、

今ここで何も言わなければ、

また“決められる側”に戻る気がした。


ドアの向こうから声がする。


「灯、出てきなさい」


母の声。


それは命令というより、

“当然そうするはず”という確信だった。


湊は振り返らない。


ただ、灯の方を見ている。


急かさない。


でも、逃がさない。


その距離。


灯はゆっくりと一歩前に出る。


足が重い。


でも止めない。


「……私は」


もう一度。


今度は少しだけ声が出る。


「出ません」


静かだった。


一瞬、何も起きない。


廊下の空気も止まる。


その“間”が一番怖い。


そして――


外から声。


「……何を言ってるの?」


低い声。


驚きと怒りが混ざっている。


「いい加減にしなさい」


その瞬間。


灯の肩がびくっと動く。


でも。


湊が静かに言う。


「続けていいです」


その声は、支えるというより“背中を押す音”だった。


灯は小さく息を吸う。


そして言う。


「今は、ここにいます」


はっきりとは言えない。


でも、逃げる言葉でもない。


沈黙。


ドアの向こうの気配が強くなる。


「誰にそんなこと言われてるの」


母の声が変わる。


冷たさが増す。


「その男?」


その言葉で、

湊の存在が一気に“敵”として固定される。


湊は一瞬だけ目を閉じる。


そして言う。


「僕は関係を壊すつもりはありません」


「ただ、彼女の選択を止めないだけです」


外の声が笑う。


「選択?」


「そんなもの、あの子にあるわけないでしょう」


その言葉に。


灯の中で、何かが切れそうになる。


ずっと言われてきた言葉。


“あなたにはまだ決められない”


その瞬間。


灯は一歩、前に出た。


ドアに近づく。


湊が少しだけ動く。


でも止めない。


灯は震える手で、

ドアの前に立つ。


そして――


はっきりと言った。


「あります」


外の空気が止まる。


灯の声は続く。


「私は、ここにいます」


「それを決めたのは私です」


静か。


長い沈黙。


外から母の声。


「……戻りなさい」


短い。


でも強い。


その一言で、

過去が全部引っ張られる。


灯の目が揺れる。


でも――


今度は湊が一歩だけ近づく。


そして静かに言う。


「戻る必要はありません」


その声は、

初めて“対等に立つ人間の声”だった。


母の声が低くなる。


「あなた、本気で言ってるの?」


湊は答える。


「はい」


短い。


逃げない。


その瞬間。


灯の中で、

何かがはっきり形になる。


(これは、誰かに守られるだけの話じゃない)


灯はもう一度、息を吸う。


そして――


はっきりと言った。


「私は、戻りません」


今度は震えていない。


部屋の空気が変わる。


ドアの向こうが静かになる。


その沈黙は、

怒りよりも重かった。


やがて。


母の声が一言だけ残る。


「……後悔するわよ」


そして足音。


遠ざかっていく。


完全に消えるまで、

誰も動かなかった。


---


静寂。


灯はその場に立ち尽くす。


初めて、自分で“線”を引いた場所。


湊は何も言わない。


ただ、その背中を見ている。


そして小さく思う。


(ここからが、本当の始まりだ)


部屋の空気はまだ揺れている。


でももう、

誰かに決められる場所ではなくなっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。