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## 第39話 ### 「待っている部屋」

## 第39話


### 「待っている部屋」


湊が部屋を出てから。


急に静かになった。


さっきまで聞こえていた生活音が消えるだけで、

こんなに広く感じるのかと灯は思う。


時計の音。


冷蔵庫の低い駆動音。


外を走る車。


全部がやけに遠い。


---


灯はソファに座ったまま、

ぼんやり天井を見る。


「……待ってますね」


自分で言った言葉を思い出す。


不思議だった。


前の自分なら、

“行かないでください”と言っていた気がする。


でも今は違う。


帰ってくるなら、

行ってもいいと思えた。


---


その時。


スマホが震える。


湊からだった。


『着きました』


短い文。


でも灯は少しだけ安心する。


自然に返信する。


『気をつけてください』


送ったあと、

少しだけ笑う。


なんだか、

普通のやり取りみたいだった。


---


一方その頃。


湊は病院の廊下を歩いていた。


白い壁。


静かな足音。


また同じ場所。


最近、

病院ばかり来ている気がする。


受付で名前を伝える。


案内された部屋の前で、

湊は少し止まる。


手が、

ほんの少しだけ重い。


---


ドアを開ける。


女性はベッドに座っていた。


点滴。


少し青い顔。


でも、

湊を見ると笑った。


「……来るんだ」


湊は静かに言う。


「倒れたって聞いたので」


女性は少し笑う。


「優しいね、ほんと」


その言い方は、

昔みたいだった。


でも今は、

少しだけ寂しく聞こえる。


---


湊は椅子に座る。


沈黙。


女性がぽつりと言う。


「ねえ」


「今、幸せ?」


突然の質問。


湊は少しだけ止まる。


答えに困ったわけじゃない。


“幸せ”という言葉に、

まだ慣れていなかった。


---


女性は続ける。


「昔のあなたなら」


「“そんなの分からない”って言ってた」


湊は少しだけ苦く笑う。


「今も、半分くらい分かりません」


女性も少し笑う。


でもそのあと、

静かに聞く。


「じゃあ、残り半分は?」


病室が静かになる。


湊は窓の外を見る。


夕方の光。


遠くの空。


そして――


小さく言う。


「……帰りたい場所があります」


その瞬間。


女性の表情が、

少しだけ止まる。


---


長い沈黙。


やがて女性は、

小さく笑った。


泣きそうな笑顔だった。


「そっか」


それだけ。


責めない。


引き止めない。


でもその一言には、

終わりが入っていた。


---


女性は目を閉じたまま言う。


「ねえ、湊」


「今度はちゃんと帰りなよ」


湊は答えられない。


代わりに、

静かに立ち上がる。


「また来ます」


女性は小さく笑う。


「うん」


少し間。


「待ってる人、いるんでしょ」


その言葉で。


湊の胸の奥が、

少しだけ熱くなる。


---


病院を出る。


外はもう夜だった。


湊はスマホを開く。


灯との短いやり取りが画面に残っている。


『気をつけてください』


その文字を見た瞬間。


ふと気づく。


(帰る場所があるって)


(こんな感じだったのか)


---


一方。


部屋では灯が、

窓の外を見ていた。


鍵の音がする気がして、

何度も振り返ってしまう。


まだ帰ってきていない。


でも、

待つことが怖くなかった。


それはきっと。


“帰ってくる”と信じられるようになったからだった。


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