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## 第40話 ### 「おかえり」

## 第40話


### 「おかえり」


夜十一時。


部屋の時計の針が、

静かに進んでいる。


灯はソファに座っていた。


テレビはついている。


でも内容は全然頭に入ってこない。


気づけば、

何度も玄関の方を見ていた。


---


(まだかな)


そう思った瞬間。


ガチャ。


鍵の音。


灯の体が反応する。


自分でも驚くくらい早く立ち上がる。


玄関のドアが開く。


そして。


湊が帰ってきた。


---


「ただいま」


その声を聞いた瞬間。


灯の胸の奥が、

ふっと軽くなる。


無意識だった。


本当に無意識に。


灯は言った。


「おかえりなさい」


---


沈黙。


二人とも少しだけ止まる。


たったそれだけの言葉。


でも、

妙に照れくさい。


湊は少し笑う。


「待たせましたね」


灯も少し笑う。


「少しだけです」


本当はずっと待っていた。


でも、

それは言わない。


---


湊は上着を脱ぐ。


疲れている顔。


だけど。


病院へ行く前とは少し違う。


どこか肩の力が抜けていた。


灯は聞く。


「大丈夫でしたか」


湊は少し考える。


そして答える。


「たぶん」


その答えが、

少しだけおかしい。


灯は笑う。


「たぶんなんですね」


湊も笑う。


「たぶんです」


---


しばらくして。


二人で温かいお茶を飲む。


静かな時間。


でも心地いい。


その時。


湊がぽつりと言う。


「終わった気がします」


灯が顔を上げる。


湊は続ける。


「全部じゃないですけど」


「一つだけ」


窓の外を見る。


遠くの夜景。


そして小さく笑う。


「ようやく前を向けそうです」


---


灯はその横顔を見る。


初めて会った頃の湊なら、

こんなこと言わなかった。


苦しさも。


迷いも。


全部一人で抱えていた。


でも今は違う。


---


灯は小さく言う。


「じゃあ」


湊が見る。


灯は少しだけ笑う。


「これからですね」


---


その言葉に。


湊は静かに頷く。


「そうですね」


---


その時だった。


スマホが鳴る。


今度は灯。


知らない番号。


二人の空気が少し変わる。


灯が出る。


「はい」


数秒。


灯の表情が変わる。


驚き。


困惑。


そして――


少しだけ涙ぐむ。


---


通話が終わる。


湊が聞く。


「どうしました」


灯はスマホを見つめる。


信じられないという顔。


そして。


ゆっくり言った。


「母が……」


喉が震える。


「退院したら、一度ちゃんと話したいって」


---


沈黙。


長い沈黙。


---


灯は笑う。


でも涙が止まらない。


「初めてなんです」


「“戻ってこい”じゃなくて」


「“話したい”って言われたの」


---


湊は何も言わない。


ただ、

静かにその言葉を受け止める。


---


外では夜風が吹いている。


部屋の明かりは暖かい。


そして二人はまだ知らない。


この電話が、


失いかけた親子の時間と、


二人の関係を大きく変える、


新しい始まりになることを。


**――第2部「家族の距離」編へ続く。**


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