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時をかけるアラフォー 〜あの子には性別がない〜

作者:双子相
最終エピソード掲載日:2026/06/07
右のイヤホンを、あの子はいつも黙って渡してきた。

毎朝の各駅停車、40分。
隣に立ったあの子——京(キョン)が、MDウォークマンの右のイヤホンを差し出す。
言葉もなく、当然のように。
俺はそれを受け取って、片耳ずつ同じ音楽を聴いた。
ただそれだけの時間が、俺にとっては特別だった。

なのに俺は、文化祭の帰り道に、雰囲気も何もないホームで突然降りて「好きだ」と言った。
キョンは困ったような顔で、「ごめん」と言った。

それから20年。

38歳の俺の人生は、静かに詰んでいた。
地方でパワハラに耐え、孤独の中で流れるように結婚し、子供は他の男の子供だと半年前に知った。
誰にも言えないまま、深夜に酔ってフェイスページを開いたとき——キョンのアカウントを見つけた。

プロフィール欄の最後に、一行だけ書いてあった。
「性別:Xジェンダー(ノンバイナリー)」

知らなかった。20年間、何も知らなかった。
あの子が、性別というものを自分の外に置いて生きていることを。

その夜、酔って床に転倒した。

目が覚めたら、文化祭の当日朝にいた。
頭の中は38歳のまま。
あの「ごめん」は、まだ起きていない。

——俺はまだ言ってない。

今度は違う。
雰囲気も何もないホームで急に降りない。
まずキョンを知る。ちゃんと近づく。ちゃんと言葉を選ぶ。
宇宙を夢見るユースケの英語を一緒に勉強して、弁護士を目指すフミの家計を助けて、不器用な起業家バータの背中を押して——仲間全員の未来を変える。

そしてキョンには、準備が整ったとき、ちゃんと言う。

でも、ひとつだけ問題がある。
高校時代のキョンは、自分が何者かを、まだ言葉にできていない。
「なんか変なんだよね、私」——それしか言えない。
その言葉に名前がつくのは、20年後の話だ。

だから俺は、ただ隣にいる。
キョンが自分の言葉を見つけるまで、待ち続ける。

俺はまだ言ってない。
それが今の、俺の覚悟だ。
第1幕(ep1〜19)「やり直し開始・2年生」
第12話 生徒会長に当選した
2026/05/26 20:00
第2幕(ep20〜36)「3年生・勝負の年」
第3幕 (ep37〜45)決着(卒業式・告白)
ep39「9稿目」
2026/06/06 03:06
第41話 6曲目
2026/06/07 09:46
第42話 返す側
2026/06/07 09:48
第43話 ホワイトデーの布
2026/06/07 09:55
第44話 あと1日
2026/06/07 10:23
第45話 言う
2026/06/07 10:30
第4幕(ep46〜50)卒業後・パートナーへ
第46話 布が完成した日
2026/06/07 10:31
第49話 パートナーになる日
2026/06/07 10:44
第50話 2026年、深夜2時の話
2026/06/07 10:55
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