第6話 「好きなの?」と聞かれたので全力でそらした
その週の木曜日。
(ミナミが余計なことをしそうな予感がしていた。)
昼休みに廊下を歩いていたら、後ろから「ちょっとちょっと!」という声がした。
振り向くと、南美奈が走ってきていた。
(南さん。世話焼き。自分の恋愛こじらせ中。方向音痴。)
(「ねえ聞いて!」が口癖。)
(来た。)
「柳くん!少しいい?!」
「何?」
「話!大事な話!」
(大事な話。)
(38歳のビジネスマンが「大事な話があります」と言われるとき、だいたいロクでもないことが多い。)
(高校でも変わらない予感がする。)
南さんに引っ張られて、廊下の端に連れて行かれた。
周りをちらちら確認してから、声を潜めた。
「柳くんって、キョンのこと好きなの?」
(来た。)
(来たか。)
「……なんでそう思う?」
「だって!なんか最近、キョンのことよく見てるじゃん。廊下でも!生徒会室の片付けもキョンに頼んでたじゃん!」
(わかりやすすぎる。)
(38歳がこんなにわかりやすいのか。)
(プロのSEがシステムの脆弱性を見逃すよりも情けない。)
「そういうわけじゃ——」
「顔!今顔変わった!」
「変わってない。」
「変わった!絶対変わった!赤くなった!」
(なってない。)
(なっているとしたら、それは外気温の問題だ。)
「俺は別に——」
「でしょ!!やっぱり!!」
(「でしょ」じゃない。「やっぱり」じゃない。俺は何も言っていない。)
南さんが興奮している。
両手を合わせて、「えー!」という顔をしている。
(やばい。)
(こいつを止める方法が思い出せない。)
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「南さん。」
「な、なに?!」
「落ち着け。」
「わたしは落ち着いてる!」
(落ち着いていない。)
「キョンには言うなよ。」
「言わない!言わないけど——」
「絶対に言うなよ。」
「……わかった。」
(信じていいのか。)
南さんが「でもさでもさ」とまだ言っている。
廊下を歩く生徒がちらちらこっちを見ている。
(まずい。目立つ。)
「とにかく、今は何もないから。そういうことにしておいてくれ。」
「今は、ってことは、将来的には——」
「今は、だ。」
南さんは少し考えた顔をしてから、「わかった!応援する!」と言った。
(応援しなくていい。)
「南さん。」
「なに?」
「余計なことはしないでくれ。」
「しない!絶対しない!でも応援する!」
(それが余計なことだ。)
南さんが走って行った。
廊下に一人残った。
(……。)
(わかりやすすぎる、と思ったが。)
(俺がわかりやすいのか。)
(38歳が高校生に一発で見抜かれている。)
(恥ずかしい。)
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午後の授業中。
隣のクラスの南さんが、廊下越しにこっちを見てウインクした。
(やめてくれ。)
目線を黒板に戻した。
(俺はまだ言ってない。)
(だから南さんには余計なことをさせない。)
(言いたくなったとき、自分で言う。)
(それまでは、誰にも動かせない。)
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放課後。
生徒会の仕事を終えて教室に戻ったとき、フミがいた。
弁当箱を片付けながら、チラッとこっちを見た。
「南さんと話してたな。」
「見てたのか。」
「廊下を歩いてたら見えた。」
「……何でもない話だ。」
「そうか。」
(また「そうか」だ。)
(フミの「そうか」コレクションが増えていく。)
「何でもない話だ。本当に。」
「そうか。」
(4回目。)
「お前は何もかも観察するな。」
「別に。目に入ってくるだけだ。」
(目に入ってくるだけで全部わかるのか。)
(弁護士向きだな。本当に。)
フミが弁当箱を持って立ち上がった。
「リュウ。」
「何。」
「焦んな。順番にやれば、たいていのことはうまくいく。」
(フミ。)
(お前それ、俺への言葉か。)
(それとも自分への言葉か。)
「……そうだな。」
フミは何も言わずに教室を出ていった。
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帰り道の廊下。
キョンが向こうから歩いてくるのが見えた。
早川さんと何か話していた。
早川さんが「いや待って」と言って、キョンが「だから」と言い返している。
(日常だ。)
(キョンの日常が、そこにある。)
すれ違う瞬間、キョンがこっちに気づいた。
一瞬、目が合った。
「……柳くん、」とも「リュウ、」とも言わなかった。
俺も何も言わなかった。
でも、キョンが少しだけ歩みを遅らせた。
ほんの一歩分だけ。
(……気のせいか。)
(落ち着けアラフォー。)
(一歩分の意味を読み解こうとするな。)
(でも——確かに、遅らせた。)
キョンと早川さんが廊下の曲がり角に消えた。
廊下の向こうから、南さんが俺を見つけてまたウインクした。
(やめてくれ。)
電車に乗った。
今日は一人だ、と思っていたら——
清峰駅でキョンが乗ってきた。
いつものドア付近。
いつものリュック。
イヤホンを片耳だけつけていた。
目が合った。
キョンが少し首をかしげた。
(——なんだ。)
(廊下で「一歩遅らせた」やつが、今ここにいる。)
(落ち着けアラフォー。)
キョンが右のイヤホンを外した。
俺の方に、差し出した。
(来た。)
(今日も来た。)
受け取った。
音楽が流れ始めた。
「どこにも属せない 名前のない場所にいる」
(落ち着けアラフォー。)
(廊下で一歩遅らせて、電車でイヤホンを渡してくる。)
(それが普通のことのように。)
(俺にだけ気のせいに見えるようなさりげなさで。)
(38歳でも、これには慣れない。)
2人とも何も言わなかった。
窓の外を、夕暮れが流れていった。
清峰駅のアナウンスが入った。
キョンがイヤホンを受け取った。
降りた。
1回だけ振り返った。
(1回だけ、振り返った。)
(落ち着けアラフォー。)
(振り返るやつの気持ちを1時間考えるな。)
(でも——振り返った。)
ドアが閉まった。
電車が動き始めた。
(フミの「焦んな」が、頭に残っている。)
(そうだな。)
(順番にやれ。)
(今日は今日やることをやった。)
(それでいい。)
ミナミの「でしょ!!やっぱり!!」に対してリュウは何も言っていない。フミの「焦んな」はテンポがいい。帰り道、キョンが一歩だけ歩みを遅らせた。
次回——ミニモニ全員集合。「低いのは事実だから」が来ます。




