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時をかけるアラフォー 〜あの子には性別がない〜  作者: 双子相
第3幕 (ep37〜45)決着(卒業式・告白)
38/50

第38話 ライブリンクショック発動。おじさんが信じた。「呼ぶ練習」が来た


 1月17日。


 授業中、机の下でガラケーをこっそり確認した。


 (落ち着けアラフォー。)

 (今日、市場が動いている。)


 ライブリンクショック。


 元の歴史では、2007年1月16日から始まった。

 東京証券取引所がライブリンク社の粉飾決算疑惑で売買停止を決定。

 株価は17日にかけて暴落した。


 (俺はこれを、38歳のときにニュースで見た。)

 (「あのとき買っていれば」と思った大人が何万人もいた。)

 (今の俺には、それが起きることを事前に知っている。)


 放課後まで待った。


---


 放課後、校舎の外に出てからおじさんに電話した。


 「もしもし。」


 「リュウか。今日、当たった。」


 おじさんの声が、いつもと少し違った。

 静かだが、何かを抑えているトーンだった。


 「当たりましたか。」


 「当たった。……お前、本当に夢で見たのか。」


 「夢で見た、ということにしてください。」


 「……そうか。」


 間があった。


 「額は多くはなかった。でも——確かに利益が出た。」


 「よかったです。」


 「リュウ。もう一つ聞いていいか。」


 「何ですか。」


 「お前、これからも……そういう話、あるか。」


 (来た。)

 (「また何かあれば」になった。)


 「あるかもしれません。でも毎回あるわけじゃない。」


 「わかった。連絡してくれれば、代わりに動く。」


 「ありがとうございます。」


 「いや——俺の方が、お礼を言う側だよ。」


 (おじさん。)

 (お前はいい人だ。お前がそういう人だから、こうして頼めた。)


 「一個だけ、お願いがあって。」


 「何だ。」


 「今回の件、父には言わないでください。」


 「……わかった。なんでだ。」


 「父が心配するから。」


 「そうか。まあ、そういうことにしておく。」


 電話を切った。


 (布石が成立した。)

 (おじさんは次も動く。)

 (元の歴史では俺が損をさせてしまったライブリンクショックが、今回は利益に変わった。)


 (落ち着けアラフォー。)

 (これはチートだ。でも誰も傷つけていない。)

 (そういうことにしておく。)


---


 翌日の昼休み。


 フミが生徒会室に来た。


 いつも通り弁当を持って、いつも通り座った。


 「おじさんに連絡したか。」


 (なんで知ってる。)


 「……何の話だ。」


 「昨日、放課後に外で電話していた。おじさんの話をしていた。」


 (聞こえていたのか。)

 (声は抑えていたつもりだが。)


 「株の話をした。」


 「そうか。」


 フミが卵焼きを食べた。


 「中身は聞かない。でも——お前、妙な知識を持ちすぎてる。」


 「まあ。」


 「中学のときから変わった、とは聞いていた。でもそれだけじゃない気がする。」


 (落ち着けアラフォー。)

 (フミが何かに近づいている。)


 「……大人の話を聞きすぎた、だけだ。」


 「大人の話。」


 「親戚に投資をやってる人間がいて、そこから。」


 (おじさんのことは嘘じゃない。ただ時系列が違う。)


 フミが俺を見た。

 一秒だけ。


 「……まあ、信じることにしておく。」


 「助かる。」


 「でも——お前が妙な知識を使って誰かが得をするなら、それはいいことだと思う。」


 (フミ。)

 (そういう言い方をする。)

 (「いいことだと思う」で締める。)

 (お前は本当に——弁護士になれる。)


 「ありがとう。」


 「礼はいい。経済の小テスト、来週あるぞ。」


 「わかってる。用意する。」


 フミが弁当を閉めた。


---


 その日の放課後。


 廊下でキョンとすれ違った。


 「次の話。」


 キョンが言った。


 「覚えてる。」


 「今日は無理だけど——週末。」


 「週末か。」


 「土曜。駅前のカフェ。」


 (カフェ。)

 (この前の春休みと同じ場所か。)

 (でも今回は服を見せてもらう用事ではない。)

 (「次の曲を聴かせる」という話だ。)


 「行く。」


 「……MDを持っていく。」


 「わかった。」


 それだけだった。

 キョンはまたすっと廊下を歩いていった。


 (月、水、金と授業がある。)

 (土曜まで3日ある。)

 (落ち着けアラフォー。)

 (3日が長い。)


---


 土曜日。


 駅前のカフェに着いたのが12時58分だった。

 (また2分前に来た。)

 (38歳の習慣は治らない。)


 キョンは13時ちょうどに来た。


 「今日は遅くなかった。」


 キョンが言った。


 「……お前も早くなかった。」


 「ぴったりのつもりだった。」


 「ぴったり来れた。」


 (些細な話だが。)

 (こういうやりとりが、最近増えた。)


 席に座った。

 コーヒーを頼んだ。

 キョンはまたホットチョコレートを頼んだ。


 (覚えてた。)

 (春休みのカフェと同じ注文だ。)

 (落ち着けアラフォー。飲み物の話だ。)


---


 注文が来て、少し落ち着いた頃。


 キョンがリュックを開けた。


 MDウォークマンを出した。


 「今日は2曲じゃなくて、1曲だけ。」


 「1曲か。」


 「短い曲じゃない。でも1曲に絞りたくて。」


 「なぜ。」


 「……リュウが「一発で来た」って言ったから。1曲でどこまで伝わるか、試したくなった。」


 (試したくなった。)

 (これはキョンにとって、実験だ。)

 (曲を媒介にして、何かを確かめたい。)


 「わかった。」


 右のイヤホンが差し出された。

 受け取った。


 再生ボタンが押された。


---


 最初は静かだった。


 ピアノだけ。

 1音、2音、3音。

 ゆっくり鳴らして、止まる。

 また鳴らして、止まる。


 (なんだこれ。)

 (NOIR EDGEって、ピアノも使うのか。)


 ギターが入ってきた。

 ピアノの隙間を埋める形で。

 静かだが、確実に存在感があった。


 ボーカルが入った。

 低い。

 いつもより低い。

 でも押し付けがましくない。


 「君の名前を 呼ぶ練習を

 してきた

 言葉になる前に

 いつも消えた」


 (——。)


 「言える気がしなかった

 でも言いたかった

 ずっと

 ここにいる間に」


 (落ち着けアラフォー。)

 (落ち着けアラフォー。)

 (落ち着けアラフォー。)


 (電車の揺れもない。カフェのテーブルを挟んで、キョンが向かいに座っている。)

 (なのに、この曲は。)


 「届かないかもしれない

 でも届けたくて

 ここまで来た

 この言葉を」


 (——。)


 (「届けたくて、ここまで来た」。)

 (38年分の俺に、これが刺さる。)

 (落ち着けアラフォー。)

 (ここで泣くな。38歳でも高校生でも、カフェで泣くな。)


---


 曲が終わった。


 キョンが再生を止めた。


 沈黙が来た。


 (言葉が出ない。)

 (何を言えばいい。)


 「……どうだった。」


 キョンの声が、また静かだった。


 「本当のことを言うか。」


 「……言っていい。」


 (言う。)

 (これは正直に言う。)


 「刺さった。歌詞が全部、一回で入ってきた。」


 「……どのあたりが。」


 「「言える気がしなかった。でも言いたかった」。——あそこだ。」


 キョンが少し俯いた。


 「……なんで、そこに来るの。」


 「言えないのに言いたい、って——経験があるから。」


 (経験がある。)

 (38年分の、言えなかったことの話だ。)


 「……私もそこが一番好き。」


 キョンが静かに言った。


 「その一言が、この曲で一番重い気がした。」


 (キョンが「重い」という言葉を使った。)

 (音楽の話のはずが——なんか、別の話をしている気がした。)

 (いや、ずっとそうだったかもしれない。)


 (俺はまだ言ってない。)

 (でも今、同じ場所に来た気がした。)


---


 コーヒーを飲んだ。

 少し冷えていた。


 「この曲、タイトルは。」


 「「呼ぶ練習」。」


 「……タイトルも直球だな。」


 「そう。NOIR EDGEはたまに直球のタイトルをつける。」


 「今まで聴かせてくれた中で、一番直球だ。」


 「……気づいてた?」


 「なんとなく。」


 キョンが少し俺を見た。


 「リュウって、「なんとなく」が多いけど——全部ちゃんとわかってるんだよね。」


 「そうとは言えないが。」


 「言えないだけで、わかってる。」


 (キョンが言い切った。)

 (俺のことを、断言した。)


 (落ち着けアラフォー。)

 (断言された。それだけのことだ。)


 (でも——キョンに断言されると、なぜか本当のことみたいに感じる。)


---


 「ねえ。」


 キョンが言った。


 「何。」


 「私さ、今年の秋に——入試の話があって。」


 「知ってる。専門学校の推薦だろ。」


 「……なんで知ってるの。」


 (お前が言っていたから。)

 (春休みのカフェで「言ったら変わる気がして」と言いながら、少しだけ見せてくれた。)


 「前に話してた。」


 「……そうだった。」


 少し間があった。


 「決まったから。受けることに。」


 (来た。)

 (キョンが、決めた。)


 「そうか。」


 「怖いけど。」


 「怖くて当然だ。」


 「……リュウは怖くないの。AO入試。」


 「怖い。準備してるから怖い。何も準備してなければ怖くないかもしれない。」


 「それって——前向きな怖さ?」


 (前向きな怖さ。)

 (いい言い方だ。)


 「そうだな。前向きな怖さだと思う。」


 キョンが少し頷いた。


 「……私も、そうかな。」


 「そうだと思う。」


 「なんで言いきれるの?」


 (今日何回目だ「なんで言いきれるの」は。)

 (でも毎回、ちゃんと答えたい。)


 「お前が決めたから。怖いのに決めた。それは前向きな怖さだ。」


 キョンが黙った。

 窓の外を少し見た。

 1月の空が、白かった。


 「……そっか。」


 「うん。」


 (俺はまだ言ってない。)

 (でも今日、「呼ぶ練習」を聴いた。)

 (キョンが「決めた」と言った。)

 (俺は「前向きな怖さだ」と言えた。)


 (ここまで来た。)

 (来ている。)


---


 カフェを出たのは2時を過ぎていた。


 駅まで並んで歩いた。


 「また聴かせてくれるか。」


 「……NOIR EDGE、まだある。」


 「全部聴きたい。」


 キョンが少し止まった。


 「全部?」


 「全部。」


 「……多いよ。アルバム3枚ある。」


 「全部聴く。時間をかけてでも。」


 (これは本当のことだ。)

 (NOIR EDGEを全部聴くことは、キョンのことを全部聴くことに近い気がした。)


 「……わかった。次は2曲にする。」


 「待ってる。」


 「……リュウって、待つのが得意だよね。」


 (待つのが得意。)

 (38年分、待ってきた。)

 (高校時代に言えなくて、20年待って、それでもまだ言えていない。)


 「……まあ、そうかもしれない。」


 「それ、いいことだと思う。」


 (いいことだと思う。)

 (キョンがそう言った。)

 (これが俺への評価か。)


 「ありがとう。」


 「なんでお礼?」


 「そう言ってくれた人が、今まであんまりいなかったから。」


 キョンが少し首をかしげた。


 「……そっか。」


 改札の前で、別れた。


 「また。」


 「また。」


 (NOIR EDGE、まだある。)

 (全部聴く。)

 (時間をかけて。)

 (その時間の中で——俺はまだ言ってない言葉を、言う。)

 (ちゃんと言う。)


ライブリンクショック発動回。競馬からの布石が回収されました。おじさんが「また連絡してくれ」と言いました。38歳のチートが静かに、でも確実に動いています。

 そして「呼ぶ練習」。「言える気がしなかった。でも言いたかった」——リュウとキョンが同じ場所に来た瞬間だと思います。

「全部聴く」「時間をかけてでも」——これが今のリュウの答えです。次回、9稿目と6曲目が来ます。

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