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時をかけるアラフォー 〜あの子には性別がない〜  作者: 双子相
第1幕(ep1〜19)「やり直し開始・2年生」
11/50

第11話 年明けの電車。キョンが変わってはくる


 年が明けた。


 2006年。


 (来た。ついに来た。)

 (落ち着けアラフォー。新年だからといって特別なことは何もない。)

 (ただの、1月だ。)


---


 元日。


 朝飯を食べ終わったあと、封筒を持って居間に行った。


 父が箱根駅伝を見ていた。

 母は台所で正月の片付けをしていた。


 「お父さん。」


 「ん。」


 「これ。」


 封筒を渡した。


 「なんだ、お年玉か?」


 「逆。読んでおいてほしいやつ。」


 父が首をかしげた。

 封筒を開けた。


 便箋が2枚入っていた。


 (読め。ゆっくり読め。)

 (笑い飛ばしてもいい。でも読め。)


 父は黙って読んだ。

 駅伝の実況がうるさかった。


 「……夢で見たのか。」


 「うん。」


 「リュウが。」


 「うん。」


 長い間があった。


 「病院の名前まで書いてある。」


 「まあ。」


 「何の夢だ。」


 「正夢かもしれないから。念のため。」


 父がもう一度、便箋を上から下まで読んだ。


 「……わかった。取っておく。」


 それだけだった。


 (よかった。)

 (笑い飛ばさなかった。)


 「信じなくていい。でも万が一のとき——」


 「わかった。」


 短かった。でも父のトーンが、普段と少し違った。


 (お父さん。)

 (元の未来で、俺はお前に「もっと早く言えばよかった」と思い続けた。)

 (今回は言えた。)

 (それでいい。)


 居間を出た。


 (落ち着けアラフォー。正月早々うるっとするな。)


---


 冬休みの残りは静かに過ぎた。


 参考書を進めた。

 ユースケにメールで年明けの勉強スケジュールを送った。

 バータからは「あけましておめでとう。起業のこと調べてる」という返信が来た。


 (動いてる。みんな動いてる。)


 おじさんから電話があった。


 「リュウ。例のレース、当たったぞ。」


 「そうですか。」


 「お前ほんとにセンスあるな。どこで覚えた。」


 「まあ、いろいろと。」


 (言えない。38年後の記憶があるとは言えない。)


 「今月中にまた買いたいレースがある。また頼む。」


 「またか。でもまあ、しょうがないな。」


 (しょうがないじゃない。これは布石だ。)

 (来週、もっと大事な電話をする。)

 (ライブリンクショックの直前に。)


 「おじさん。来週、また連絡していいですか。」


 「いいよ。何かあるのか。」


 「株のことで。」


 「株?お前高校生だろ。」


 「だから、代わりに動いてほしいことがあって。」


 電話口でおじさんが黙った。


 「……お前、ほんとになんか変わったな。」


 「大人になったんですよ。」


 (高校2年生に言わせるセリフではない。)


---


 新学期が始まったのは、1月10日だった。


 朝、駅のホームに着いた。

 空が青かった。

 風が冷たかった。


 (今日だ。)

 (落ち着けアラフォー。)

 (落ち着けって言ってるのに心拍数が上がってる。自分が嫌になる。)


 西都線の電車が来るまで、あと5分。


 小手川駅のホームはいつもより人が少ない。

 冬休み明けで、まだ感覚が戻っていないのかもしれない。


 (キョンは、今日来る。)

 (サナと美容院に行くと言っていた。年明けすぐに予約したと言っていた。)

 (つまり——今日のキョンは、変わっている。)


 (知ってる。わかってる。わかってるから落ち着けと言ってる。)


 電車が来た。


 乗った。


 いつもの位置に立った。


 (清峰まであと3駅。)

 (3駅。)

 (3駅しかない。)


---


 清峰駅。


 ドアが開いた。


 人が乗り込んできた。

 学生が数人。主婦らしき人。サラリーマン。


 その中に、キョンがいた。


 (——。)


 (落ち着けアラフォー。)


 (だから言ってるだろ、落ち着けって。)


 ストレートだった。


 天然パーマが消えていた。

 肩のあたりまで、まっすぐ落ちていた。


 メガネがなかった。


 コンタクトに変えている。

 目が大きい。

 いや、前から大きかったはずだが、見え方が全然違う。


 (心臓止まるかと思った。)


 キョンがこちらを見た。


 「あ。」


 「よ。」


 (声、裏返りそうになった。38歳として失格だ。)


 キョンがドア横に立った。

 いつもの位置だ。

 変わってないのに、全部違う。


 「……どう?」


 キョンが言った。


 「何が。」


 「髪。」


 (どうって言われたら正直に答えるしかない。)


 「いいと思う。」


 「そっか。」


 キョンが少し横を向いた。

 その横顔が、天パのときと違う輪郭を作っていた。


 (落ち着けアラフォー。)

 (横顔でうろたえるな。)

 (お前は38歳だ。)


 右のイヤホンが、いつものように差し出された。


 受け取った。


 NOIR EDGEが流れ始めた。


 (同じ曲だ。)

 (でも今日は、なんか違う音がする。)

 (気のせいか。気のせいじゃないかもしれない。)


---


 「よく似合うと思う。」


 電車が動き出して、しばらく経ってから言った。


 キョンが前を向いたまま、少し首を動かした。


 「さっき「いいと思う」って言ってた。」


 「どっちも本当のことだ。」


 「……2回言う人初めて。」


 「そうか。」


 (俺はまだ言ってない。)

 (でも「似合う」くらいは言っていい。事実だから。)


 キョンがコンタクトの位置を確認するように、軽く目をしばたかせた。


 「まだ慣れない。コンタクト。」


 「最初はそうだよ。慣れる。」


 「……なんで知ってる感じで言えるの?」


 (俺がコンタクトを始めたのはこの話の最初期だったからだ。)


 「俺も最初は慣れなかったから。」


 「そっか。」


 それだけだった。


 でも悪い間ではなかった。


 片耳にNOIR EDGEが流れていた。

 窓の外を、1月の田舎の景色が流れていった。


 (キョン。)

 (お前が変わったのは、俺がアドバイスしたからだ。)

 (でも似合うかどうかは、お前の顔が決めることだ。)

 (俺は何もしていない。)

 (ただ、知っていただけだ。)


---


 学校についた。


 クラスに入った瞬間、ミナミが声を上げた。


 「キョン!!!」


 廊下まで聞こえそうな声だった。


 「なに。」


 「ちょ、ちょっと待って、すごくない?すごくない!?リサ見て!!」


 リサが教科書から顔を上げた。


 「……綺麗だね。」


 天然ぽく言った。でもそれが一番正確だった。


 サナが腕を組んで立っていた。


 「わかる人がわかる顔になった感じ。」


 「なんかわかる。」とミナミ。


 「わからん。」とバータ。


 「バータは黙ってろ。」とサナ。


 (そうだよ。わかる人がわかる顔になった。)

 (でもその「わかる人」に俺がなりたかっただけかもしれない。)


 ユースケが後ろから声をかけてきた。


 「リュウ。新年。あと英語の参考書、教えてくれたやつ買った。」


 「どうだった。」


 「難しい。でも面白い。」


 「続けろ。」


 「わかった。」


 (ユースケ。お前は動いてる。いい傾向だ。)


---


 昼休み。


 フミが弁当を持ってリュウの横に来た。


 何も言わずに座った。


 弁当箱を開けた。


 「……顔が変だ。」


 「どこが。」


 「全体的に。」


 (フミ。お前に隠し事はできない。)


 「新年明けの顔だ。」


 「そういう顔じゃない。」


 フミが箸を使い始めた。


 「何かあったか。」


 「特には。」


 「特にはな。」


 (「特には」を信じてない顔だ。)

 (お前は全部わかってる。わかってて聞かない。)

 (怖い。本当に怖い。)


 「生徒会。今年の選挙、どうする気だ。」


 「考えてる。」


 「会長に出るのか。」


 「……まだ決めてない。」


 (嘘だ。決めてる。決めかけてる。)


 フミが俺の顔を見た。

 一秒だけ。


 「どうせ出るんだろ。」


 「なんで。」


 「お前の顔がそういう顔だから。」


 (俺の顔はそんなに正直か。)


 「会長に出るなら、推薦文は書いてやる。」


 「……頼んでない。」


 「わかってる。でも書く。」


 フミが弁当の卵焼きを食べた。


 「お前が動いた方がいい。生徒会は今、惰性で動いてる。それを変えたいんだろ。」


 「聞いてたのか。」


 「廊下でお前が独り言みたいなこと言ってるのを聞いた。去年の秋。」


 (いつだ。どこで。)


 (フミ。お前は本当に怖い。)


 「……出る。」


 「そうか。」


 フミが弁当を閉めた。


 「言っておくが、推薦文は別に期待するな。箇条書きで出す。」


 「それでいい。」


 「あとユースケとバータも巻き込め。あいつらは頼まれたら断れない。」


 「わかった。」


 (フミ。ありがとう。)

 (たぶん、お前は全部知ってる。)

 (何も言わないのが、お前の優しさだ。)


---


 放課後。


 生徒会室に寄った。


 誰もいなかった。


 机の上に選挙の要項が置いてあった。


 「次期生徒会長・副会長選挙 候補者受付 1月25日まで」


 (ここだ。)


 用紙を手に取った。


 立候補届。


 役職欄に「生徒会長」と書く。


 (俺は今、副会長だ。)

 (1年の選挙で当選して、1年間やってきた。)

 (今の会長は3年だ。卒業すれば空位になる。)

 (その椅子に座る。)


 (南浜国立大学経営学部。AO入試。小論文。)

 (生徒会長という実績があれば、話になる。)


 でも——それだけじゃない、と思った。


 (惰性で動いてる、とフミが言った。)

 (お前が動いた方がいい、とも言った。)


 (38歳の経験で、動かせることがある。)

 (もったいない、と思う。)


 ペンを持った。


 「柳龍」と書いた。


 「(やってみる。)」


 誰も聞いていなかった。


 でも確かに、声に出た。


 (俺はまだ言ってない。)

 (キョンへの言葉も。)

 (「好きだ」も。)


 (でも今日、ひとつだけ言えた。)


 窓の外に、1月の空が広がっていた。


第11話です。1月の晴れた朝、キョンが変わって現れました。ストレート、コンタクト。リュウは「落ち着けアラフォー」と自分に言い続けました。何度でも。何度言っても、落ち着きませんでした。それから、フミの一言で会長立候補が決まりました。フミは怖い。本当に怖い。キョンが変わって現れた。ストレート、コンタクト。落ち着けアラフォーが何度言っても落ち着けなかった回。フミの一言で会長立候が決まりました。

次回——選挙。リュウの演説と、先生への交渉。同じクラスの可能性が動き始めます。

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