第11話 年明けの電車。キョンが変わってはくる
年が明けた。
2006年。
(来た。ついに来た。)
(落ち着けアラフォー。新年だからといって特別なことは何もない。)
(ただの、1月だ。)
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元日。
朝飯を食べ終わったあと、封筒を持って居間に行った。
父が箱根駅伝を見ていた。
母は台所で正月の片付けをしていた。
「お父さん。」
「ん。」
「これ。」
封筒を渡した。
「なんだ、お年玉か?」
「逆。読んでおいてほしいやつ。」
父が首をかしげた。
封筒を開けた。
便箋が2枚入っていた。
(読め。ゆっくり読め。)
(笑い飛ばしてもいい。でも読め。)
父は黙って読んだ。
駅伝の実況がうるさかった。
「……夢で見たのか。」
「うん。」
「リュウが。」
「うん。」
長い間があった。
「病院の名前まで書いてある。」
「まあ。」
「何の夢だ。」
「正夢かもしれないから。念のため。」
父がもう一度、便箋を上から下まで読んだ。
「……わかった。取っておく。」
それだけだった。
(よかった。)
(笑い飛ばさなかった。)
「信じなくていい。でも万が一のとき——」
「わかった。」
短かった。でも父のトーンが、普段と少し違った。
(お父さん。)
(元の未来で、俺はお前に「もっと早く言えばよかった」と思い続けた。)
(今回は言えた。)
(それでいい。)
居間を出た。
(落ち着けアラフォー。正月早々うるっとするな。)
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冬休みの残りは静かに過ぎた。
参考書を進めた。
ユースケにメールで年明けの勉強スケジュールを送った。
バータからは「あけましておめでとう。起業のこと調べてる」という返信が来た。
(動いてる。みんな動いてる。)
おじさんから電話があった。
「リュウ。例のレース、当たったぞ。」
「そうですか。」
「お前ほんとにセンスあるな。どこで覚えた。」
「まあ、いろいろと。」
(言えない。38年後の記憶があるとは言えない。)
「今月中にまた買いたいレースがある。また頼む。」
「またか。でもまあ、しょうがないな。」
(しょうがないじゃない。これは布石だ。)
(来週、もっと大事な電話をする。)
(ライブリンクショックの直前に。)
「おじさん。来週、また連絡していいですか。」
「いいよ。何かあるのか。」
「株のことで。」
「株?お前高校生だろ。」
「だから、代わりに動いてほしいことがあって。」
電話口でおじさんが黙った。
「……お前、ほんとになんか変わったな。」
「大人になったんですよ。」
(高校2年生に言わせるセリフではない。)
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新学期が始まったのは、1月10日だった。
朝、駅のホームに着いた。
空が青かった。
風が冷たかった。
(今日だ。)
(落ち着けアラフォー。)
(落ち着けって言ってるのに心拍数が上がってる。自分が嫌になる。)
西都線の電車が来るまで、あと5分。
小手川駅のホームはいつもより人が少ない。
冬休み明けで、まだ感覚が戻っていないのかもしれない。
(キョンは、今日来る。)
(サナと美容院に行くと言っていた。年明けすぐに予約したと言っていた。)
(つまり——今日のキョンは、変わっている。)
(知ってる。わかってる。わかってるから落ち着けと言ってる。)
電車が来た。
乗った。
いつもの位置に立った。
(清峰まであと3駅。)
(3駅。)
(3駅しかない。)
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清峰駅。
ドアが開いた。
人が乗り込んできた。
学生が数人。主婦らしき人。サラリーマン。
その中に、キョンがいた。
(——。)
(落ち着けアラフォー。)
(だから言ってるだろ、落ち着けって。)
ストレートだった。
天然パーマが消えていた。
肩のあたりまで、まっすぐ落ちていた。
メガネがなかった。
コンタクトに変えている。
目が大きい。
いや、前から大きかったはずだが、見え方が全然違う。
(心臓止まるかと思った。)
キョンがこちらを見た。
「あ。」
「よ。」
(声、裏返りそうになった。38歳として失格だ。)
キョンがドア横に立った。
いつもの位置だ。
変わってないのに、全部違う。
「……どう?」
キョンが言った。
「何が。」
「髪。」
(どうって言われたら正直に答えるしかない。)
「いいと思う。」
「そっか。」
キョンが少し横を向いた。
その横顔が、天パのときと違う輪郭を作っていた。
(落ち着けアラフォー。)
(横顔でうろたえるな。)
(お前は38歳だ。)
右のイヤホンが、いつものように差し出された。
受け取った。
NOIR EDGEが流れ始めた。
(同じ曲だ。)
(でも今日は、なんか違う音がする。)
(気のせいか。気のせいじゃないかもしれない。)
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「よく似合うと思う。」
電車が動き出して、しばらく経ってから言った。
キョンが前を向いたまま、少し首を動かした。
「さっき「いいと思う」って言ってた。」
「どっちも本当のことだ。」
「……2回言う人初めて。」
「そうか。」
(俺はまだ言ってない。)
(でも「似合う」くらいは言っていい。事実だから。)
キョンがコンタクトの位置を確認するように、軽く目をしばたかせた。
「まだ慣れない。コンタクト。」
「最初はそうだよ。慣れる。」
「……なんで知ってる感じで言えるの?」
(俺がコンタクトを始めたのはこの話の最初期だったからだ。)
「俺も最初は慣れなかったから。」
「そっか。」
それだけだった。
でも悪い間ではなかった。
片耳にNOIR EDGEが流れていた。
窓の外を、1月の田舎の景色が流れていった。
(キョン。)
(お前が変わったのは、俺がアドバイスしたからだ。)
(でも似合うかどうかは、お前の顔が決めることだ。)
(俺は何もしていない。)
(ただ、知っていただけだ。)
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学校についた。
クラスに入った瞬間、ミナミが声を上げた。
「キョン!!!」
廊下まで聞こえそうな声だった。
「なに。」
「ちょ、ちょっと待って、すごくない?すごくない!?リサ見て!!」
リサが教科書から顔を上げた。
「……綺麗だね。」
天然ぽく言った。でもそれが一番正確だった。
サナが腕を組んで立っていた。
「わかる人がわかる顔になった感じ。」
「なんかわかる。」とミナミ。
「わからん。」とバータ。
「バータは黙ってろ。」とサナ。
(そうだよ。わかる人がわかる顔になった。)
(でもその「わかる人」に俺がなりたかっただけかもしれない。)
ユースケが後ろから声をかけてきた。
「リュウ。新年。あと英語の参考書、教えてくれたやつ買った。」
「どうだった。」
「難しい。でも面白い。」
「続けろ。」
「わかった。」
(ユースケ。お前は動いてる。いい傾向だ。)
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昼休み。
フミが弁当を持ってリュウの横に来た。
何も言わずに座った。
弁当箱を開けた。
「……顔が変だ。」
「どこが。」
「全体的に。」
(フミ。お前に隠し事はできない。)
「新年明けの顔だ。」
「そういう顔じゃない。」
フミが箸を使い始めた。
「何かあったか。」
「特には。」
「特にはな。」
(「特には」を信じてない顔だ。)
(お前は全部わかってる。わかってて聞かない。)
(怖い。本当に怖い。)
「生徒会。今年の選挙、どうする気だ。」
「考えてる。」
「会長に出るのか。」
「……まだ決めてない。」
(嘘だ。決めてる。決めかけてる。)
フミが俺の顔を見た。
一秒だけ。
「どうせ出るんだろ。」
「なんで。」
「お前の顔がそういう顔だから。」
(俺の顔はそんなに正直か。)
「会長に出るなら、推薦文は書いてやる。」
「……頼んでない。」
「わかってる。でも書く。」
フミが弁当の卵焼きを食べた。
「お前が動いた方がいい。生徒会は今、惰性で動いてる。それを変えたいんだろ。」
「聞いてたのか。」
「廊下でお前が独り言みたいなこと言ってるのを聞いた。去年の秋。」
(いつだ。どこで。)
(フミ。お前は本当に怖い。)
「……出る。」
「そうか。」
フミが弁当を閉めた。
「言っておくが、推薦文は別に期待するな。箇条書きで出す。」
「それでいい。」
「あとユースケとバータも巻き込め。あいつらは頼まれたら断れない。」
「わかった。」
(フミ。ありがとう。)
(たぶん、お前は全部知ってる。)
(何も言わないのが、お前の優しさだ。)
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放課後。
生徒会室に寄った。
誰もいなかった。
机の上に選挙の要項が置いてあった。
「次期生徒会長・副会長選挙 候補者受付 1月25日まで」
(ここだ。)
用紙を手に取った。
立候補届。
役職欄に「生徒会長」と書く。
(俺は今、副会長だ。)
(1年の選挙で当選して、1年間やってきた。)
(今の会長は3年だ。卒業すれば空位になる。)
(その椅子に座る。)
(南浜国立大学経営学部。AO入試。小論文。)
(生徒会長という実績があれば、話になる。)
でも——それだけじゃない、と思った。
(惰性で動いてる、とフミが言った。)
(お前が動いた方がいい、とも言った。)
(38歳の経験で、動かせることがある。)
(もったいない、と思う。)
ペンを持った。
「柳龍」と書いた。
「(やってみる。)」
誰も聞いていなかった。
でも確かに、声に出た。
(俺はまだ言ってない。)
(キョンへの言葉も。)
(「好きだ」も。)
(でも今日、ひとつだけ言えた。)
窓の外に、1月の空が広がっていた。
第11話です。1月の晴れた朝、キョンが変わって現れました。ストレート、コンタクト。リュウは「落ち着けアラフォー」と自分に言い続けました。何度でも。何度言っても、落ち着きませんでした。それから、フミの一言で会長立候補が決まりました。フミは怖い。本当に怖い。キョンが変わって現れた。ストレート、コンタクト。落ち着けアラフォーが何度言っても落ち着けなかった回。フミの一言で会長立候が決まりました。
次回——選挙。リュウの演説と、先生への交渉。同じクラスの可能性が動き始めます。




