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時をかけるアラフォー 〜あの子には性別がない〜  作者: 双子相
第1幕(ep1〜19)「やり直し開始・2年生」
10/50

第10話 クリスマスの夜に5文字届いた。あと、競馬チートの話


 11月が過ぎた。


 (気がつけば、文化祭から2ヶ月以上が経っていた。)


 朝の電車は続いている。

 毎日ではないが、週に3〜4回はキョンと乗り合わせる。

 右のイヤホンを渡される。

 40分、片耳ずつ同じ音楽を聴く。


 (これが日常になった。)


 ユースケとの英語勉強も続いている。

 週2で一緒にやっている。

 バータは起業について何かを考え始めているらしく、ときどき「俺バカだけど、こういうのって調べ方ある?」と聞いてくる。


 (みんな、動き始めている。)


 フミは相変わらず何も言わない。

 ただ、目だけで全部言ってくる。


 (それでいい。)

 (フミのことは、焦らず時間をかけて。)


---


 12月25日。


 クリスマスだった。


 (38歳のクリスマスは、一人でウイスキーを飲んでいた。)

 (16歳のクリスマスは、家族の夕飯に年賀鶏だ。)

 (どっちが良かったかと聞かれると——歴然と後者が良かった。)


 夕飯を食べて、母が「ケーキ買ってきたよ」と言った。

 コンビニのクリスマスケーキだったが、最後の一切れをリュウが取った時、父が「お、急に取るな」と言った。


 「なんで急に取るんだ。」


 「最後の1ピースを取ったやつが勝ちだ。」


 「そんなルールあるの?」


 「ある。」


 (38歳の経験則。)

 (最後の1ピースは取るやつが勝つ。)


 父が少し笑った。

 珍しかった。


---


 片付けをしていたとき、ガラケーが鳴った。


 メールが来た。


 差出人の名前を見た。


 橘。


 (——。)


 開いた。


 「ありがとう、糸のセット。次の作品に使った。」


 (落ち着けアラフォー。)


 (クリスマスの夜に、キョンからメールが来た。)

 (使った。糸を、使ってくれたのか。)


 返信を打った。


 「良かった。使いやすいか。」


 送信した。


 ガラケーを手に持ったまま、片付けの手が止まった。


 (誕生日プレゼントに礼を言いに来た。)

 (クリスマスの夜に。)

 (落ち着けアラフォー。)


 もう一通メールが来た。


 「あと、メリークリスマス。」


 (……。)


 (クリスマスの挨拶が来た。)


 「ありがとう。お前も。」


 返信した。


 手が少し震えたが、それは寒さのせいにしておいた。


 (落ち着けアラフォー。)

 (キョンから「メリークリスマス」が来た。)

 (それだけで十分だ。)

 (かなり充分だ。)


---


 12月の最終週。


 学校の最後のホームルームが終わった。

 廊下が騒がしくなった。

 「冬休みどこ行く?」「初詣どこにする?」という声が飛び交っている。


 (2005年の冬だ。)

 (もうすぐ年が明ける。)


 外は寒い。

 コートを着て、廊下を歩いた。


 「リュウ。」


 キョンだった。

 靴箱の近くで、一人で鞄を整えていた。


 「冬休み、どうする。」


 「特には。勉強しながら、まあ。」


 「そっか。」


 少しの間があった。


 「美容院、予約した。」


 「いつ。」


 「年明けすぐ。」


 (来た。)

 (落ち着けアラフォー。)


 「早川さんと一緒か。」


 「うん。早川さんに頼んだら、すぐ予約してくれた。」


 「そうか。よかった。」


 キョンが鞄を肩にかけた。


 「年明け、また電車で会うかな。」


 「会う。」


 即答してしまった。


 キョンが少し首をかしげた。


 「なんで即答なの。」


 (なんでって。)

 (毎朝会ってるから、年明けも会うに決まってる。)


 「同じ路線だから。」


 「……まあ、そうだな。」


 キョンが歩き始めた。


 「じゃあ、また来年。」


 「また来年。」


 (来年。)

 (2006年だ。)


 (俺はまだ言ってない。)


 (でも——来年がある。)


---


 夕方。


 父方のおじさんに電話した。


 (父の弟。競馬が好き。人がいい。)


 「もしもし。リュウか。珍しいな、電話してくるなんて。」


 「おじさん、今月の競馬で買いたいレースがあって。」


 「は? お前競馬なんて知ってたか?」


 「少し調べてた。未成年だから代わりに買ってほしい。」


 「……まあ、そのくらいならいいけど。外れてもしらんぞ。」


 「外れない。」


 「強気だな。」


 (外れない。確実に外れない。)

 (38年後の記憶があるからだ。)


 レース名と馬番を伝えた。

 おじさんが「ちょっと待って、書くから」と言って電話口でごそごそした。


 「……これ本当に当たるか?」


 「多分。」


 「多分か。」


 「まあ、見ててください。」


 「なんだその自信。リュウ、なんか最近変わったな。」


 「そうですか。」


 「声が落ち着いた。大人っぽくなった。」


 (大人っぽくなったのは当然だ。中身が38歳だから。)


 「まあ。受験もあるので。」


 「そうか。頑張れよ。」


 電話を切った。


---


 夕飯を食べた。


 父が珍しく早く帰ってきていた。


 テレビを見ながら、「最近どうだ」と話しかけてきた。


 (お父さん。)


 (この人が、元の未来ではあと数年で病気になる。)


 「まあ。生徒会の仕事とか、英語の勉強とか。」


 「英語か。いいな。」


 「受験に使う。」


 「そうか。頑張れ。」


 それだけだった。


 (短い。でも悪意はない。)

 (高校に入ってから、少しずつ話すようになった。)

 (それで十分だ。)


 (お前が数年後に体の調子を崩すことを、俺は知っている。)

 (今日、まだ元気に飯を食っている。)

 (それが、ありがたい。)


---


 夜。


 部屋に一人でいた。


 机の前に座って、便箋を出した。

 ペンを持った。


 (書く。)


 書く、と決めた。


 父への手紙だ。


 (珍しい自己免疫疾患。特発性線維筋膜炎。)

 (早期発見なら、進行を大幅に遅らせられる。)

 (でも当時は誰も知らなかった。手遅れに近い状態で判明した。)


 (それでも余命宣告から10年以上生きた。)

 (医師に「なぜそこまで生きられたかわからない」と言われた。)


 (俺は38歳まで、お前が苦しむのを見ていた。)


 便箋にペンを当てた。


 「お父さんへ」


 書いた。


 (何から書く。)

 (こういう症状が出たらこの先生に診てもらえ、という内容だ。)

 (でも、理由をどう説明する。)


 考えた。


 (「夢で見た」と書く。)

 (それしかない。)


 ペンを動かした。


---


 「これはおかしな手紙だと思うけど、読んでほしい。夢で見た。お父さんが数年後に体の調子を崩す夢。症状は——」


 症状を書いた。

 覚えている限りの症状を書いた。

 いつ頃からどういう形で現れるか。

 どういう専門家に診せればいいか。

 どの病院の何科がいいか。

 それも書いた。


 (覚えている。)

 (お父さん、覚えている。)

 (あのとき俺は大阪にいて、電話で聞いて、すぐ飛んで帰れなかった。)

 (「なんで連絡しなかった」「言ってくれればよかった」と思ったが、言えなかった。)

 (お前がそういう人だったから。)


 ペンが止まった。


 窓の外が暗い。

 時計が夜の11時を指している。


 (お父さん。)


 (今回は間に合わせる。)


 (38年分の後悔を使っていい場面があるとしたら、これだ。)


 書き続けた。


 最後に書いた。


 「信じなくていい。でも万が一、体に何かあったときには、ここに電話してみてください。」


 病院名と電話番号を書いた。

 架空ではない。ちゃんと調べた本物だ。


 封をした。


 (渡すタイミングは、正月でいい。)

 (父に「お年玉のかわりに」と言って渡す。)

 (笑いで包めばいい。重くしない。)


 机の引き出しに入れた。


---


 部屋の灯りを消した。

 布団に入った。


 (俺はまだ言ってない。)


 (キョンへの言葉も。)

 (父への「ありがとう」も。)

 (仲間たちへの「お前らの未来を変えたい」も。)


 (全部、まだ言ってない。)


 (でも——動き始めた。)


 布団の中で天井を見た。


 (年明け、キョンが変わって来る。)

 (早川さんの美容院に行くと言っていた。)


 (どう変わるのか。)


 (知ってる。知ってるけど。)


 (楽しみだ。)


 (落ち着けアラフォー。)


 目を閉じた。


 さっきのクリスマスメールが、頭の中に残っていた。


 「メリークリスマス。」


 (キョンが打ってくれた8文字。)

 (38歳の夜に届いたウイスキーより、ずっと温かかった。)


 2006年が、もうすぐ来る。


第10話です。クリスマスにキョンからメールが来ました。糸のセットを使ってくれていました。「メリークリスマス」の8文字で38歳が動揺するのは仕方ないことだと思います。そして父への手紙。来年の正月に渡します。競馬チート発動。おじさんに電話した。「外れない」と断言できるのは38年分の記憶があるから。父への手紙を書いた。「今回は間に合わせる」。

次回——年明け、キョンが変わって現れます。落ち着けアラフォー。さらに落ち着けないアラフォー。

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