第10話 クリスマスの夜に5文字届いた。あと、競馬チートの話
11月が過ぎた。
(気がつけば、文化祭から2ヶ月以上が経っていた。)
朝の電車は続いている。
毎日ではないが、週に3〜4回はキョンと乗り合わせる。
右のイヤホンを渡される。
40分、片耳ずつ同じ音楽を聴く。
(これが日常になった。)
ユースケとの英語勉強も続いている。
週2で一緒にやっている。
バータは起業について何かを考え始めているらしく、ときどき「俺バカだけど、こういうのって調べ方ある?」と聞いてくる。
(みんな、動き始めている。)
フミは相変わらず何も言わない。
ただ、目だけで全部言ってくる。
(それでいい。)
(フミのことは、焦らず時間をかけて。)
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12月25日。
クリスマスだった。
(38歳のクリスマスは、一人でウイスキーを飲んでいた。)
(16歳のクリスマスは、家族の夕飯に年賀鶏だ。)
(どっちが良かったかと聞かれると——歴然と後者が良かった。)
夕飯を食べて、母が「ケーキ買ってきたよ」と言った。
コンビニのクリスマスケーキだったが、最後の一切れをリュウが取った時、父が「お、急に取るな」と言った。
「なんで急に取るんだ。」
「最後の1ピースを取ったやつが勝ちだ。」
「そんなルールあるの?」
「ある。」
(38歳の経験則。)
(最後の1ピースは取るやつが勝つ。)
父が少し笑った。
珍しかった。
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片付けをしていたとき、ガラケーが鳴った。
メールが来た。
差出人の名前を見た。
橘。
(——。)
開いた。
「ありがとう、糸のセット。次の作品に使った。」
(落ち着けアラフォー。)
(クリスマスの夜に、キョンからメールが来た。)
(使った。糸を、使ってくれたのか。)
返信を打った。
「良かった。使いやすいか。」
送信した。
ガラケーを手に持ったまま、片付けの手が止まった。
(誕生日プレゼントに礼を言いに来た。)
(クリスマスの夜に。)
(落ち着けアラフォー。)
もう一通メールが来た。
「あと、メリークリスマス。」
(……。)
(クリスマスの挨拶が来た。)
「ありがとう。お前も。」
返信した。
手が少し震えたが、それは寒さのせいにしておいた。
(落ち着けアラフォー。)
(キョンから「メリークリスマス」が来た。)
(それだけで十分だ。)
(かなり充分だ。)
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12月の最終週。
学校の最後のホームルームが終わった。
廊下が騒がしくなった。
「冬休みどこ行く?」「初詣どこにする?」という声が飛び交っている。
(2005年の冬だ。)
(もうすぐ年が明ける。)
外は寒い。
コートを着て、廊下を歩いた。
「リュウ。」
キョンだった。
靴箱の近くで、一人で鞄を整えていた。
「冬休み、どうする。」
「特には。勉強しながら、まあ。」
「そっか。」
少しの間があった。
「美容院、予約した。」
「いつ。」
「年明けすぐ。」
(来た。)
(落ち着けアラフォー。)
「早川さんと一緒か。」
「うん。早川さんに頼んだら、すぐ予約してくれた。」
「そうか。よかった。」
キョンが鞄を肩にかけた。
「年明け、また電車で会うかな。」
「会う。」
即答してしまった。
キョンが少し首をかしげた。
「なんで即答なの。」
(なんでって。)
(毎朝会ってるから、年明けも会うに決まってる。)
「同じ路線だから。」
「……まあ、そうだな。」
キョンが歩き始めた。
「じゃあ、また来年。」
「また来年。」
(来年。)
(2006年だ。)
(俺はまだ言ってない。)
(でも——来年がある。)
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夕方。
父方のおじさんに電話した。
(父の弟。競馬が好き。人がいい。)
「もしもし。リュウか。珍しいな、電話してくるなんて。」
「おじさん、今月の競馬で買いたいレースがあって。」
「は? お前競馬なんて知ってたか?」
「少し調べてた。未成年だから代わりに買ってほしい。」
「……まあ、そのくらいならいいけど。外れてもしらんぞ。」
「外れない。」
「強気だな。」
(外れない。確実に外れない。)
(38年後の記憶があるからだ。)
レース名と馬番を伝えた。
おじさんが「ちょっと待って、書くから」と言って電話口でごそごそした。
「……これ本当に当たるか?」
「多分。」
「多分か。」
「まあ、見ててください。」
「なんだその自信。リュウ、なんか最近変わったな。」
「そうですか。」
「声が落ち着いた。大人っぽくなった。」
(大人っぽくなったのは当然だ。中身が38歳だから。)
「まあ。受験もあるので。」
「そうか。頑張れよ。」
電話を切った。
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夕飯を食べた。
父が珍しく早く帰ってきていた。
テレビを見ながら、「最近どうだ」と話しかけてきた。
(お父さん。)
(この人が、元の未来ではあと数年で病気になる。)
「まあ。生徒会の仕事とか、英語の勉強とか。」
「英語か。いいな。」
「受験に使う。」
「そうか。頑張れ。」
それだけだった。
(短い。でも悪意はない。)
(高校に入ってから、少しずつ話すようになった。)
(それで十分だ。)
(お前が数年後に体の調子を崩すことを、俺は知っている。)
(今日、まだ元気に飯を食っている。)
(それが、ありがたい。)
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夜。
部屋に一人でいた。
机の前に座って、便箋を出した。
ペンを持った。
(書く。)
書く、と決めた。
父への手紙だ。
(珍しい自己免疫疾患。特発性線維筋膜炎。)
(早期発見なら、進行を大幅に遅らせられる。)
(でも当時は誰も知らなかった。手遅れに近い状態で判明した。)
(それでも余命宣告から10年以上生きた。)
(医師に「なぜそこまで生きられたかわからない」と言われた。)
(俺は38歳まで、お前が苦しむのを見ていた。)
便箋にペンを当てた。
「お父さんへ」
書いた。
(何から書く。)
(こういう症状が出たらこの先生に診てもらえ、という内容だ。)
(でも、理由をどう説明する。)
考えた。
(「夢で見た」と書く。)
(それしかない。)
ペンを動かした。
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「これはおかしな手紙だと思うけど、読んでほしい。夢で見た。お父さんが数年後に体の調子を崩す夢。症状は——」
症状を書いた。
覚えている限りの症状を書いた。
いつ頃からどういう形で現れるか。
どういう専門家に診せればいいか。
どの病院の何科がいいか。
それも書いた。
(覚えている。)
(お父さん、覚えている。)
(あのとき俺は大阪にいて、電話で聞いて、すぐ飛んで帰れなかった。)
(「なんで連絡しなかった」「言ってくれればよかった」と思ったが、言えなかった。)
(お前がそういう人だったから。)
ペンが止まった。
窓の外が暗い。
時計が夜の11時を指している。
(お父さん。)
(今回は間に合わせる。)
(38年分の後悔を使っていい場面があるとしたら、これだ。)
書き続けた。
最後に書いた。
「信じなくていい。でも万が一、体に何かあったときには、ここに電話してみてください。」
病院名と電話番号を書いた。
架空ではない。ちゃんと調べた本物だ。
封をした。
(渡すタイミングは、正月でいい。)
(父に「お年玉のかわりに」と言って渡す。)
(笑いで包めばいい。重くしない。)
机の引き出しに入れた。
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部屋の灯りを消した。
布団に入った。
(俺はまだ言ってない。)
(キョンへの言葉も。)
(父への「ありがとう」も。)
(仲間たちへの「お前らの未来を変えたい」も。)
(全部、まだ言ってない。)
(でも——動き始めた。)
布団の中で天井を見た。
(年明け、キョンが変わって来る。)
(早川さんの美容院に行くと言っていた。)
(どう変わるのか。)
(知ってる。知ってるけど。)
(楽しみだ。)
(落ち着けアラフォー。)
目を閉じた。
さっきのクリスマスメールが、頭の中に残っていた。
「メリークリスマス。」
(キョンが打ってくれた8文字。)
(38歳の夜に届いたウイスキーより、ずっと温かかった。)
2006年が、もうすぐ来る。
第10話です。クリスマスにキョンからメールが来ました。糸のセットを使ってくれていました。「メリークリスマス」の8文字で38歳が動揺するのは仕方ないことだと思います。そして父への手紙。来年の正月に渡します。競馬チート発動。おじさんに電話した。「外れない」と断言できるのは38年分の記憶があるから。父への手紙を書いた。「今回は間に合わせる」。
次回——年明け、キョンが変わって現れます。落ち着けアラフォー。さらに落ち着けないアラフォー。




