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時をかけるアラフォー 〜あの子には性別がない〜  作者: 双子相
第1幕(ep1〜19)「やり直し開始・2年生」
9/50

第9話 キョンが「やってみる」と言いに来た


 10月の末。


 生徒会の仕事で職員室に行った帰り、廊下でキョンに会った。


 「リュウ。」


 呼んだのはキョンの方からだった。


 (珍しい。)

 (俺から声をかけることが多いのに。)


 「どうした?」


 「ストレートパーマ、やってみようかと思って。」


 (来た。)

 (落ち着けアラフォー。)


 「そうか。」


 (平静を保て。)


 「そういうパーマをやってもらえる美容院、どこに行けばいいかわからなくて。」


 (なるほど。)

 (2005年はSNSで口コミが簡単に調べられる時代でもない。)

 (普通の髪切りはともかく、ストレートパーマとなると、どこに頼めばいいかわからない。)


 「友達に聞いたのか。」


 「南さんは知らないって。」


 「早川さんは?」


 「早川さんが行きつけのところがあるって言ってたけど、どこだろうってなってて。」


 (なるほど。)

 (情報が散らばっていてまとまっていない。)

 (これはコーディネートの問題だ。)


 「早川さんの行きつけに一緒に行けばいい。初めてなら、既存の客と行くのが一番確実だ。」


 「早川さんに頼んでいいかな。」


 「いいと思う。」


 「……そっか。」


---


 キョンが少し考えた。


 「コンタクトは?」


 「眼鏡屋で作れる。処方箋が要るから眼科に先に行って——って、これも親に言えばわかる話だと思う。」


 「お母さんに言ったら喜ぶかな。」


 「喜ぶと思う。」


 「……なんで?」


 「娘が外見に気を遣い始めたら、ほとんどの親は嬉しいから。」


 「……リュウ、なんか色々知ってるな。」


 (知っている。38年分。)


 「まあ。」


 「なんで?」


 「なんとなく。」


 キョンが「またなんとなく」という顔をした。


 「……今回は教えてもらったから、ありがとう。」


 「別に。」


 「別に、じゃなくて。ちゃんとありがとう。」


 (ちゃんとありがとう。)


 (落ち着けアラフォー。)


 「……どういたしまして。」


---


 キョンが歩き始めた。

 少し行ったところで止まった。


 「あのバンド、名前教えてなかったな。」


 「教えてくれるのか。」


 「…………今度。」


 (また今度だ。)


 「いつ頃の今度だ。」


 「今度は今度。」


 (答えになっていない。)


 でもキョンがかすかに笑って歩き始めたので、追いかけなかった。


 (落ち着けアラフォー。)

 (「今度」と言って笑った。)

 (昨日は笑わなかった。)

 (骨格診断を言ったときも、面白そうな顔はしたが笑わなかった。)

(今度は笑った。)

(「今度」と言われただけで、笑われた。)

(38歳がこれに足が止まるな。)

(でも——はっきり足が止まった。)


(俺はまだ言ってない。)

(でも、「ちゃんとありがとう」と言われた。)

(「今度」と言って笑われた。)

(それだけで十分だ。今は。)


---


 翌日の昼休み。


 早川さんがミニモニグループの輪の中で言った。


 「橘さん、美容院一緒に行こって話、しましたよ。柳くん。」


 (なぜ俺に報告してくる。)


 「そうか。」


 「なんか、ちゃんと考えてるんだね、橘さん。」


 「そうだな。」


 「……柳くんって、橘さんのこと——」


 「行き方の話をしただけだ。」


 「うん。そうなんだけど。」


 早川さんが少し間を置いた。


 「なんかその、ちゃんと考えてあげてる感じがして。いい友達じゃん、と思った。」


 (友達。)


 (まあ、そうだな。今はそうだ。)


 「……ありがとう。」


 「なんで「ありがとう」なの?」


 (確かに。)

 (早川さんに言われた話だ。俺が「ありがとう」を言う場面ではない。)


 「……反射で出た。」


 「反射で出るんだ。ふうん。」


 早川さんが面白そうな顔をした。


 (早川さん。お前もフミに似た目を持ってる。)

 (こっちの事情を全部見透かす目だ。)


---


 帰りの電車。


 ユースケが隣に来た。


 「リュウ、最近楽しそうじゃない?」


 「そうか。」


 「なんかさ、前と違う。なんか回ってる感じ。」


 (回っているか。)


 「ユースケ、英語の勉強、続いてるか。」


 「続いてる!でしょ、やっとペースがつかめてきた!」


 「それはいい。」


 (ユースケ。)

 (お前は元の未来で体を壊して地方に隠居した。)

 (英語ができなかったことが、可能性を狭めた要因のひとつだった。)

 (今回は変える。)


 「リュウが一緒に勉強してくれるから続くんだよ。」


 「それはお前の力だ。」


 「でしょ?でもリュウのおかげでもある!」


 電車が動き始めた。


 (俺はまだ言ってない。)


 (でも、動き始めたことはたくさんある。)

 (キョンへのことも。ユースケへのことも。)

 (少しずつ、少しずつ。)


 窓の外を見た。


 (年末が近い。)


 (やらなければならないことがある。)

 (父に、渡すものがある。)


「また今度」がずっと続くキョン。少し笑って歩き始めた。「ありがとう」が反射で出たリュウ。

次回——競馬チート発動。おじさんへの電話。「メリークリスマス」5文字が届きます。

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