第8話 骨格診断で「似合う」と断言したアラフォーの話
10月に入った。
(気がつけば1ヶ月が経った。)
(文化祭からもう1ヶ月だ。)
朝の電車は続いている。
清峰でキョンが乗ってくる。
右のイヤホンを渡される。
40分、片耳ずつ同じ音楽を聴く。
(この時間が好きだ。)
(とは言わない。)
(言えない。)
バンド名はまだ教えてもらっていない。
「教えて」と聞いたら「どうせ知らない」と言われた。
「知らないから聞いてる」と返したら「……今度」と言われた。
(今度はまだ来ていない。)
---
10月7日。
登校して席に着いたとき、南さんが走ってきた。
「柳くん!今日!」
「何が。」
「橘さんの誕生日!!」
(来た。)
(落ち着けアラフォー。)
(知ってる。知ってるが、知ってると言えない。)
「そうなのか。」
「そうなの! みんなで何かしようってなってるんだけど、柳くんも来る?!」
「みんなって。」
「私と早川さんと木村さんで! 放課後、ちょっとしたプレゼントを持ち寄って渡そうって。橘さんに内緒で!!」
(サプライズか。)
(38歳の記憶の中に、キョンの誕生日が10月7日だという情報がある。)
(でも2026年の今の俺に「おめでとう」と言う機会はなかった。)
(20年ぶりに、ちゃんと祝える日が来た。)
「参加する。」
南さんが「やった!!!」と言った。
---
午後の授業中、なんを贈るかを考えた。
(キョンへの誕生日プレゼント。)
(38歳が16歳に贈る。)
(何が適切か。)
ハンドメイド用品は喜ぶはずだ。
でも何が今手元にないかがわからない。
直接聞くわけにもいかない。
(落ち着けアラフォー。)
(シンプルに、使えるものを贈れ。)
放課後前に購買に寄った。
文具コーナーを見た。
裁縫用の糸のセットがあった。
いくつかの色が揃っている。
綺麗にまとめられた、ちょっとしたギフト用のもの。
(これだ。)
(服を作るやつには、使える。)
(気取りすぎず、でも考えた感じは伝わる。)
買った。
---
放課後、南さんと早川さんと木村さんの4人で待ち合わせた。
「柳くん、それ何入ってるの?」
南さんが袋を覗こうとした。
「糸のセット。」
「え、センス!!」
「キョンが服作るって聞いてたから。」
早川さんが少し目を細めた。
「柳くん、意外と把握してるね。」
「話を聞いてたら覚える。」
「……いや待って、なんか普通にいい話だな。」
木村さんが「適切だと思う」と言った。
木村さんはほとんどそれだけを言った。
---
キョンを廊下で捕まえたのは、帰り支度の時間だった。
南さんが「橘さん!」と呼んで、4人で囲む形になった。
「え、何。」
「誕生日おめでとう!!!」
南さんがはじける。
早川さんが「おめでとう」と言った。
木村さんが無言で差し出した。
俺は少し遅れて「おめでとう」と言った。
キョンが少し固まった。
「……覚えてたの。」
「誕生日、前に言ってたし。」と南さんが言った。
キョンが4つのプレゼントを受け取った。
南さんがアクセサリー、早川さんがお菓子の詰め合わせ、木村さんがポストカード。
そして糸のセット。
キョンがそれを見た。
「……糸。」
「服作るから使えると思って。」
「……誰が言った?」
「南さんから聞いた。」
キョンがちらっと南さんを見た。
南さんが「私! 教えたのは私!」と言った。
(南さんが情報源で助かった。)
(俺が知っているのはおかしいから。)
「……ありがとう。」
キョンが言った。
俺ではなく、4人全員に向けて。
でも糸のセットをもう一度見てから、少しだけ俺の方を向いた気がした。
(落ち着けアラフォー。)
---
翌日の昼休み。
ミニモニのグループと一緒に食っていた。
南さんが何かを発見したように言った。
「橘さん!最近そのパーマどうにかしないの?」
キョンが箸を止めた。
「どういうこと。」
「ちょっとバサバサしてきてるじゃん。セットとかしないの?」
「してる。」
「しても広がる。」
早川さんが「わかる〜」と言った。
「ストレートパーマかければいいんじゃない?」
「考えたことある。」
「じゃあなんでしないの?」
「なんか似合わない気がして。」
(ここだ。)
(38歳の眼力を、使うなら今だ。)
「似合う。」
全員がこっちを見た。
キョンが俺を見た。
「……なんで急に?」
「ストレートにしたら似合う。」
「なんでわかるの?」
(なんでわかるか。)
(2026年のお前を知っているからだ。)
(ストレートパーマをかけた後のお前が、どれだけ変わるかを知っているからだ。)
「なんとなく。」
「なんとなくって。」
「……輪郭。輪郭が、ストレートのほうが映える形だと思う。」
キョンが少し固まった。
南さんが「ひえ〜!」と言った。
早川さんが「いや待って急すぎる」と言った。
木村さんが本から目を上げて「骨格診断みたいなこと言ってる」と言ってまた本を読み始めた。
(木村さんはたまに鋭い。)
「……コンタクトは?」
キョンが言った。
「メガネのかわりに。似合うと思う?」
「似合う。」
「なんでわかるの?」
「なんとなく。」
「また38歳の眼力?」
「そう。」
南さんが「もう!根拠を言いなよ!」と割り込んだ。
「輪郭、と目の形。メガネのフレームが目立ちすぎてる。外したほうがバランスが取れる。」
「……本当に何者なの。」
早川さんが言った。
(何者かというと、アラフォーだ。)
(でもそれは言えない。)
キョンが少し考えた顔をした。
「……考えてみる。」
(やった。)
(心の中の38歳がガッツポーズした。やめろ。)
---
帰りの廊下で、フミと一緒になった。
「昼休み、あっちのグループにいたな。」
「そうだな。」
「橘さんに、見た目のアドバイスをしていた。」
「……まあ。」
「なんで。」
「似合うと思って。」
フミがこっちを見た。
「お前、なんとなくが多い。でも——」
「何。」
「お前の『なんとなく』は説明できるやつだ。でも説明しない。」
(フミ。怖い。本当に怖い。)
「……気のせいだ。」
「そうか。」
信じていない「そうか」だった。
「一つ聞いていいか。」
「何。」
「お前、橘さんのことちゃんと好きなのか。」
「……。」
「雰囲気で好きとか、なんとなく好きとか、そういうことじゃなくて。」
「……どういう意味だ。」
「そのまんまの意味だ。」
フミは弁当箱を持ち直した。
「別に答えなくていい。ただ確認したかっただけだ。」
歩き始めた。
(フミ。お前の確認はいつも急所を突いてくる。)
ちゃんと好きかどうか。
(好きだ。)
(38年かけて、それだけは確かだ。)
(俺はまだ言ってない。)
(でも、好きだということだけは、ずっとちゃんとそうだ。)
第8話です。キョンの誕生日(10月7日)が来ました。糸のセットを選んだリュウ、38歳がじわっと出ています。翌日「ストレートにしたら似合う」「38歳の眼力で」のやり取りもありました。お誕生日に糸のセット。骨格診断「似合う」断言。フミの「ちゃんと好きなのか」が刺さった人、正しいです。
次回——キョンが自分から動きます。「やってみる」が来ます。




