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時をかけるアラフォー 〜あの子には性別がない〜  作者: 双子相
第2幕(ep20〜36)「3年生・勝負の年」
29/50

第29話 夏休みの学校。山岸がキョンに話しかけていた


 8月が来た。


 週に2〜3回、学校に来て書類をこなす。

 昼前に切り上げて、図書室で勉強するかファミレスに移動するか。


 (38歳のSEの体に染み付いた「午前中に集中して午後は流す」のリズムと同じだ。)


---


 ある日の朝。

 図書室に向かおうとして、廊下で止まった。


 キョンがいた。


 美術室の前だった。

 布のロールを腕に抱えて、ドアの前で何かを考えている。


 (ミシンか。)

 (服を作るのに学校の設備を使う場合がある。)


 声をかけようとして、足が止まった。


 (山岸がいる。)


 廊下の少し先に、もう一人いた。

 3Aの山岸だ。

 背が高い。

 バータ経由でミナミ経由で聞いた「積極的なタイプ」という情報と、今の姿が重なった。


 山岸がキョンに話しかけていた。


 (俺は動かなかった。)

 (動けなかったわけじゃない。動かなかった。)

 (もう少し、様子を見た。)


 会話の内容は聞こえなかった。

 廊下の向こうで、山岸が何か話している。

 キョンは布のロールを抱えたまま、答えている。

 笑ってはいない。かといって不快そうでもない。

 「普通に話している」という感じだった。


 (……ふつうに話している。)

 (俺はここで何をやっているんだ。)

 (38年生きた男が廊下で立ち止まって、壁際から様子を伺っている。)

 (落ち着けアラフォー。これは偵察じゃない。状況を把握している。)

 (同じだろうが。)


 少しして、山岸が廊下を歩いていった。

 キョンが美術室のドアを開けようとした。


 俺は歩き出した。


 「キョン。」


 キョンが振り返った。


 「あ。リュウ。生徒会?」


 「ああ。そっちは。」


 「ミシン借りたくて。美術室の先生に許可もらってた。」


 「展示会の作品か。」


 「……違う。夏の間に作りたいやつ。この前メールで言ったやつ。素材で迷ってたの。」


 「決まったのか。素材。」


 キョンが少し考えてから答えた。


 「……着心地を先にした。」


 「そうか。」


 「シルエットは後から補正できるけど、着てる感が強い服は最初から嫌な感じがするから。」


 (これは答えのある話だった。)

 (キョンは自分の中で答えを出していた。)


 「……正解な気がする。」


 「わかんないけど。でもそっちに決めた。」


 ドアを開けようとして、キョンが少し振り返った。


 「リュウって、来るの毎日?」


 「週2〜3日。」


 「そっか。」


 それだけ言って、美術室に入っていった。


 (「そっか。」)

 (それだけだ。)

 (落ち着けアラフォー。「そっか」の1文字を1時間解析するな。)


---


 その日の帰りにフミからメールが来た。


 「お前、夏どうしてる。」


 「生徒会。勉強。ほぼそれだけ。」


 「来週暇か。」


 「昼から生徒会ある。午前は空いてる。」


 「スタビ行こ。少し話したいことある。」


 (フミが「少し話したいことある」と前置きをする。)

 (これは珍しい。)


---


 翌週、スタビで会った。


 フミはアイスコーヒーを飲みながら、しばらく何も言わなかった。


 「模試を受けてきた。」


 「この時期にか。」


 「夏期の特別模試がある。受けておかないと後が詰まる。」


 (フミらしい。)


 「手応えはどうだった。」


 「……法律科目は伸びしろがある。」


 「夏に潰す。」


 「それが話したかったことか。」


 「それもある。」


 フミがストローをいじった。


 「山岸のこと。」


 (やっぱり来た。)


 「ミナミから聞いた。」


 「俺は山岸本人から見てる。3Aだから。」


 (直接だ。)


 「どんなやつだ。」


 「……悪いやつじゃない。」


 フミが言う「悪いやつじゃない」は、評価が高い。

 フミは人への評価が厳しい。


 「それは困る。」


 「何がだ。」


 「悪いやつなら話が簡単になる。」


 フミが目を細めた。


 「お前、どうするつもりだ。」


 「展示会に行く。8月14日。」


 「それで。」


 「……その場で考える。」


 フミがストローを置いた。


 「計算してないのか、珍しく。」


 「計算はしてる。ただ、最後の1手は計算しきれない。」


 フミが短く言った。


 「……秋は、違う景色になる可能性がある。それだけだ。」


 「わかってる。」


 「わかってて動いてるなら、それでいい。」


 アイスコーヒーが空になった。

 フミが腰を上げた。


 「バイト入ってるから先に出る。」


 「ああ。」


 「……お前がんばれよ、一応。」


 (一応、って言うな。)

 (でも、ありがとう。)


---


 帰りの電車。


 窓の外を見ながら、考えた。


 (山岸がキョンに話しかけていた。)

 (廊下で、実際に。)

 (「普通に話している」というのが、全部だ。)

 (キョンが笑っていなかった。不快そうでもなかった。)

 (それが何を意味するかは——わからない。)


 (落ち着けアラフォー。)

 (展示会まで、あと少し。)


 (俺はまだ言ってない。)

 (でも——展示会が近い。)


 窓の外に、夏の夕暮れが流れていった。


第29話。夏休みの学校で、山岸がキョンに話しかけている場面を目撃するリュウ。「普通に話している」という事実が、全部だった。フミとのスタビ回は「悪いやつじゃない」の一言に全部詰まっています。「秋は違う景色になる可能性がある」——フミが感情ゼロの情報としてそれを届けてくる。次回、展示会前夜へ。

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