夏休み。山岸が動いていた。8月3日、誕生日が来た
夏休みが始まった。
7月後半。終業式の翌日から、俺は生徒会室にいた。
文化祭の準備。学校行事のスケジュール調整。後期の選挙の告知資料。
どれも締め切りが秋なので、今のうちに積み上げておかないと後で詰む。
(38歳の経験則:「後でやればいい」は全部嘘だ。)
書類を広げた。
窓の外で部活の朝練の声がする。
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午前中で書類を片付けた。
帰ろうとした廊下で、ミナミとぶつかった。
曲がり角から勢いよく出てきて、俺の脇腹に肩をぶつけた。
「いたっ。」
「……ごめん。前見てなかった。」
「ミナミ。廊下は走らない。」
「わかってる!でも急いでたんだもん!」
ミナミが学校に来ているということは部活か遊びか。
3Aは文系だ。夏休みの部活はない。
「何の用で来た。」
「テニス部の友達と遊ぶ約束。待ち合わせが11時だった。やば。」
(3Aといえば——フミとミナミのクラスだ。そして、山岸のクラスだ。)
「ミナミ。山岸の話。」
ミナミが止まった。
「……なんで急に。」
「バータから聞いた。キョンのことを気にしてると。」
「……柳くんって、キョンに気があるよね。」
(直球だ。)
「それとこれとは別だ。情報が欲しい。」
「別じゃなくない?」
「急いでるんじゃないのか。」
「やばい!!!また後で!!!」
ミナミが走った。
またぶつかりそうになりながら、角を曲がっていった。
(また後で、という約束をした。)
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翌々日、また学校に来た。
書類を片付けて帰ろうとした廊下で、ミナミがいた。
今度は待っていた感じがした。
「柳くん。山岸の話。」
(来た。)
「聞く。」
ミナミが廊下の端に移動した。
「山岸ね、キョンのことを気にしてる。それはバータが言った通り。」
「ああ。」
「でね。先週、私に聞いてきたの。キョンの好きなものとか、よく行くとことか。」
(止まった。)
(好きなものを聞いた。)
(そこまで来ている。)
「お前は何て答えた。」
「知らないって言った。私よく知らないし。」
「山岸は他にも誰かに聞いてるか。」
「わかんない。でも……なんか、積極的なタイプっぽい。ちゃんと行動する感じ。」
(積極的なタイプ。ちゃんと行動する感じ。)
(38年の経験則が「それは脅威だ」と言っている。)
「わかった。ありがとう。」
「……柳くんさ。」
ミナミが少し声を落とした。
「焦らないの?」
「焦ってる。」
正直に言った。
ミナミが少し驚いた顔をした。
「じゃあ——」
「ただ、焦りと行動は別だ。焦ったまま動くのが一番よくない。」
ミナミがじっとこっちを見た。
「……なんか頼りになるんだけど、その分余計ハラハラするっていうか。キョンが嬉しそうなの見てると、こっちも嬉しいし。でも山岸みたいなのが来ると、柳くんどうすんのって心配になる。」
(ミナミ。これは、応援してくれている。)
「……ありがとう。」
「うん。がんばれ。」
ミナミが廊下を歩き出した。
途中で振り返った。
「方向音痴じゃなかったら展示会一緒に行ったのにな、私も。」
「代々木は難しいか。」
「池袋から乗り換えたら迷子になる自信ある。一度代々木で行方不明になったことある。」
「行かなくていい。無事でいろ。」
「それが正解だよね。じゃあ!」
ミナミが曲がり角を、今度はちゃんと曲がっていった。
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その日の夕方、ガラケーを確認した。
キョンからメールが来ていた。
「夏休みどう過ごしてる?」
「生徒会の書類。会長の夏休みはそんな感じ。」
少し待ったら返ってきた。
「大変だね。私は服の型紙引いてた。」
「展示会向けか。」
「それもあるけど、今は別の。夏の間に1着作りたくて。」
「どんな服。」
「……まだ決まってない部分がある。形は決まってるんだけど、素材で迷ってて。」
「どのへんで迷ってる。」
「着心地と見た目のバランス。すごく柔らかい素材にすると、シルエットがだれる。しっかりした素材にすると、着てる感が強くなる。」
「どっちを先に優先したいかで決まるんじゃないか。」
しばらく間があった。
「……そうだね。」
もう1通来た。
「なんかリュウって、当たり前のことを当たり前に言ってくれるよね。」
「当たり前のことしか言えてないだけだ。」
「でもそれが結構ありがたい。ありがとう。」
(落ち着けアラフォー。)
(「ありがとう」でこんなにテンションを上げるな。)
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8月3日。
(俺の誕生日だ。)
(38歳の誕生日は、一人でコンビニのケーキを食った。)
(16歳の誕生日は、母が朝から張り切っていた。)
朝ごはんのテーブルに、小さいケーキが置いてあった。
「誕生日おめでとう。」
母が言った。
「ありがとう。」
父がテレビを見ながら「おめでとう」と言った。
短かった。でも悪意はない。
(お父さん。)
(今年も元気だ。ありがたい。)
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学校に着いたら、バータが生徒会室にいた。
「連絡事項はないが、来た。」
「来たなら何かしろ。」
「まあ。」
バータが封筒を差し出した。
「なんだ。」
「開けてみろ。」
開けた。
スタビのギフト券が入っていた。
「……ありがとう。」
「まあ。ユースケが言ってたから。」
(ユースケがバータに流したのか。)
「書類、手伝ったほうがいいか。」
「封筒を並べるだけやってくれ。」
「わかった。」
バータが無言で封筒を並べ始めた。
(バータ。こいつが誕生日を覚えてプレゼントを用意する。)
(言葉は少ない。でも行動がある。)
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昼になってバータが帰った。
昼過ぎ、フミからメールが来た。
「誕生日か。」
「そうだ。」
「おめでとう。余計なことするな。」
(フミの誕生日メッセージに「余計なことするな」が付いている。)
(これはフミらしい。)
「ありがとう。余計なことはしない。」
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夕方、書類を片付けて帰ろうとした。
ガラケーをポケットに戻そうとした。
もう1通届いていた。
差出人を見た。
京。
(——。)
開いた。
「誕生日、おめでとう。」
それだけだった。
(誕生日を知っていた。)
(キョンが、俺の誕生日を知っていた。)
(いつ言ったんだ。)
(でも——知っていた。)
返信を打った。
「ありがとう。知ってたのか。」
5分ほど待った。
返信が来た。
「ミナミから聞いた。先週。」
(ミナミ。)
(お前は本当に、そういう仕事が速い。)
「そっか。ミナミに感謝する。」
「なんか今日どうするの?」
「友達と飯食いに行く。」
「そっか。楽しんで。」
少し間があった。
もう1通来た。
「あと、展示会まで11日だね。」
(——。)
(展示会まで11日。)
(キョンが、カウントしていた。)
(落ち着けアラフォー。)
(ガラケーを握りしめるな。)
「そうだな。楽しみにしてる。」
「私も。」
(私も。)
(落ち着けアラフォー。)
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夜、ユースケとロイヤルサイドに行った。
「リュウ!!誕生日!!!」
「声がでかい。」
「でかくなる。誕生日だもん。」
席に着いたら、ユースケが鞄からリストバンドを出した。
「はい。誕生日プレゼント。毎朝走ってるって言ってたから。」
「……ありがとう。使う。」
「よかった!! じゃあ何食う!!」
(今日は——悪くない誕生日だ。)
(バータがギフト券を持ってきた。)
(フミが「余計なことするな」と送ってきた。)
(ユースケがリストバンドを用意してきた。)
(そして——キョンが「おめでとう」を送ってきた。)
(展示会まで11日、と添えて。)
(俺はまだ言ってない。)
(でも今日、キョンが知っていた。)
(それだけで、今年の誕生日は十分だった。)
夏休み前半。ミナミから山岸の動向が届いて、キョンからは「当たり前のことを当たり前に言ってくれる」と言ってもらって、誕生日には4人それぞれの流儀でお祝いが来た。「展示会まで11日」をカウントして添えてくるキョン。次回、いよいよ展示会前夜へ。




