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時をかけるアラフォー 〜あの子には性別がない〜  作者: 双子相
第4幕(ep46〜50)卒業後・パートナーへ
49/50

第49話 パートナーになる日


 2018年2月。


 カフェを開けようとしたら、入口の前にキョンがいた。


 黒いダウンコート。手に紙袋。朝の冷気の中で立っていた。息が白かった。


「……早い?」


「お前が早い。開店前だけど」


「知ってる」


 俺は鍵を開けた。


「どうぞ」


---


 暖房をつけた。コーヒーを淹れた。


 キョンはカウンターの端に座って、紙袋を膝に乗せていた。


 コーヒーを2つ出した。


 しばらく2人で飲んだ。


 10年以上かけて作った間合いがある。黙っていることが苦じゃない。


 窓の外に、2月の朝の商店街が見えた。シャッターが開き始めたばかり。豆腐屋のおじさんが準備をしている。キョンはそれをぼんやり見ていた。


 キョンが紙袋をカウンターに置いた。


「これ」


 小さい箱だった。包装紙が丁寧に折られている。リボンはない。


「何?」


「バレンタイン、もう終わったけど」


 (落ち着けアラフォー。)


「ありがとう」


「開けて」


 包装紙を外した。チョコレートだった。小さな箱に4粒。有名な店のやつじゃないが、知っている店だった。清峰の南口から少し歩いたところにある、小さいショコラティエ。


「うまそう」


「食べてから言って」


 (食べる前からわかる。)

 (お前が選んだものは、外れない。)


---


 また少し黙った。


 キョンがカップを両手で持った。


「ねえ」


「何?」


「10年くらい経つじゃん、卒業から」


「そうだな」


「私たち、何なんだろうって、たまに思う」


 俺はコーヒーを置いた。


 (来た。)

 (落ち着けアラフォー。)


「何、というのは?」


「卒業式で、リュウ「好きだ」って言ったじゃん」


「言った」


「私も、そばにいたいって言った」


「言った」


「それから10年、会い続けてて」キョンが少し止まった。「でも何て呼んだらいいかわからないまま、ずっと来てる」


 (知ってる。)

 (お前が「みんなみたいに好きって言えないかもしれない」と言ったのを、俺は覚えている。)

 (卒業式の校庭。10年前。あの言葉を、俺はずっと持っていた。)


 俺は黙って聞いていた。


「気持ちがないわけじゃないの。ただ、「彼女」とか「恋人」とか、そういう言葉が自分にしっくりこなくて。ずっとそこで止まってた」


「うん」


「リュウはどうだったの。その10年」


「待ってた」


「何を?」


「お前が言葉を見つけるのを」


 キョンが俺を見た。


「……ずっと待ってたの?」


「ずっと」


「なんで?」


「お前のペースで来ると思ってたから」


 またしばらく黙った。


 窓の外で、商店街に朝の光が入ってきた。


「……ずるい」とキョンが言った。


「何が?」


「そんなふうに待ってたなら、もっと早く言ってくれれば」


「お前が言うまで待つのが正しいと思ってた」


「……性格悪い」


「そうか」


「そうだよ」


 でもキョンは少し笑っていた。


---


 キョンがカップを置いた。


 少し間があった。今まで話してきた中で、一番長い間だった。俺は待った。急かさなかった。


「パートナー、って言葉があるじゃん」


「うん」


「恋人でも友達でもない。でもずっとそこにいる。私もそこにいる。そういう言葉として、パートナーが一番近い気がして」


 (——。)


 (「パートナー」。)


 (38年分の語彙の中で、今お前が選んだ言葉より正確なものが見当たらない。)


 (「恋人」は違う。「友達」も違う。「好きな人」も何か足りない。)


 (「パートナー」は——お前が見つけた言葉だ。)


 (俺じゃなくて、お前が。)


 (また、お前が先に動いた。)


 俺はキョンを見た。


「それを私たちの名前にしたい。嫌?」


「嫌じゃない」


「本当に?」


「本当に。俺もずっと、同じ言葉を探してた」


 キョンが息を吐いた。笑いに近かった。


「なんで先に言わなかったの?」


「お前が先に動くと思ってた」


「それが性格悪いって言ってる」


「受け取る」


「受け取るな」


---


 開店時間になった。


 キョンは帰らなかった。「もう少しいる」と言った。俺は「いてくれ」と言った。


 最初の客が来るまで、2人でカウンターにいた。


 2月の朝の光が、店の奥まで差し込んでいた。


 帰り際、キョンがコートを着ながら言った。


「今日から、パートナー」


「今日から」


「よろしく」


「よろしく」


 ドアが閉まった。


---


 カウンターを拭きながら、チョコレートの箱を見た。


 4粒。


 (落ち着けアラフォー。)


 (卒業式の校庭から、10年かかった。)


 (お前は今日、言葉を持ってきた。)


 (「名前のない感情」のための曲があった。)


 (その曲の名前を、今日お前がつけた。)


 (お前が「先に動いた」回数を、俺は全部覚えている。)


 (電車の中で。ロッカーの前で。公園のベンチで。定食屋で。このカフェで。そして今日。)


 (全部、お前が先だった。)


 (ありがとう。)


 (それは、声に出さなかった。)


第49話。卒業式から10年。「好き」は言えた。「そばにいたい」も言えた。ただ名前だけが、ずっとなかった。キョンが持ってきた言葉は「パートナー」だった。リュウにはその言葉しかなかった。「名前のない感情のための曲」に、今日名前がついた。

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