第24話 「なんでわかるの」の、最初のやつ
5月の末。
体育祭まであと2週間だった。
生徒会室で書類をやっていたら、扉が開いた。
キョンだった。
「あ。まだいた。」
「いる。何だ。」
「図書室が満員で。サナに鍵もらったから。」
「どうぞ。」
向かいの椅子に座った。
リュックを降ろして、スケッチブックと参考書と——あとは布の小さいサンプルを出した。
(布のサンプル。)
(何かを考えながら来た。)
「なんの勉強だ。」
「勉強じゃない。」
「じゃあ何。」
「……服の話。」
スケッチブックを開いた。
鉛筆で描かれたシルエット。
1枚のブラウスが何パターンも並んでいた。
「今作ってる服。」
「どれも似てるが。」
「微妙に違う。襟の形と裾の長さ。」
(確かに違う。)
(ただ見てもどれがいいかわからない。)
(でも——一個だけ、目が止まるやつがある。)
---
「どれにするか決まらなくて。」
キョンが布のサンプルを並べた。
白に近いベージュ。薄い。少し透ける。
「この素材で作るつもりで。でもシルエットによっては、着心地が全然変わって。」
「シルエットが着心地に影響するのか。」
「素材が薄いから。体のラインが出やすい。ゆったりさせるか、ある程度フィットさせるか——」
キョンが少し止まった。
「……どっちにすればいいかわからない。」
(落ち着けアラフォー。)
(これは聞いてくれているのか。)
(俺に。)
(……聞いてくれている。)
---
スケッチブックのパターンを改めて見た。
(6パターン。)
(全部見た。)
(2026年のキョンが作っていた服を、俺は知っている。)
(あのアカウントのプロフィールに貼ってあった服の写真。)
(白に近いベージュ。薄い素材。ゆったりとしたシルエット。)
(体のラインを出さない。でも貧相でもない。)
(「着る人を選ばない」形。)
(お前は20年後、このパターンに辿り着いている。)
(今はまだ迷っている。)
(でも答えは持っている。)
(38歳の俺は、その答えを知っている。)
(だから——言える。)
「着心地を先にした方がいい。」
キョンが顔を上げた。
「……なんで即答なの?」
「シルエットは後から調整できる。着てる感は変えにくい。」
「……そう?」
「薄い素材なら特に。最初の一着でフィットさせすぎると、着るたびに体のラインが気になる。」
キョンが少し止まった。
「……なんで知ってるの?」
(なんで知ってるか。)
(お前の20年後を知っているからだ。)
(とは言えない。)
「服を作ってる人が周りにいた。話を聞いてた。」
「……誰が。」
「遠い親戚。」
(嘘じゃない。架空の話でもない。)
(2026年のキョンは遠い親戚だ。)
(タイムリープ的な意味で。)
キョンが「ふうん」と言って、スケッチブックを見た。
「……着心地を先に、か。」
「お前が「着る人を選ばない服を作りたい」と言ってた。それならなおさらそうだと思う。」
キョンが俺を見た。
「……それ、最初に言ったときのこと覚えてる?」
「覚えてる。生徒会室の片付けのとき。」
「……なんで覚えてるの?」
(落ち着けアラフォー。)
(なんで覚えてるか、って。)
(聞かれた。)
「お前が話してくれたから。大事な話だったから。」
キョンがまた少し止まった。
スケッチブックを見たまま、何かを考えるような顔をした。
(落ち着けアラフォー。)
(このくらいで動揺するな。)
(……全然落ち着けない。)
---
「……決めた。」
キョンが言った。
「着心地を先にする。この素材なら、ゆったりめにした方がいい。」
「そうだな。」
「シルエットは後で考える。」
「それでいい。」
キョンがスケッチブックを閉じた。
1枚のパターンを残した。
(ゆったりめのやつだ。)
(6枚の中で、俺が目に止まったやつだ。)
(わかってた。)
「選ぶの、早かったな。」
「決め方を教えてもらったから。」
「俺は何もしてない。」
「してる。」
キョンが少し俺を見た。
「柳くんとか、リュウって、なんかそういうとこある。」
「どういうとこ。」
「……聞いてくれたあとで、答えを教えてくれる感じ。答えを押し付けてくるんじゃなくて。」
(それが38歳の接し方というやつだ。)
(20年分の人付き合いを経て、ようやく身についた。)
(高校生の頃の俺にはなかった。)
「そういうつもりはないが。」
「そういうつもりじゃないから、そう見える。」
(言い方が鋭い。)
(落ち着けアラフォー。)
「……参考書、やった方がいいぞ。」
「うん。」
キョンがスケッチブックと布のサンプルを片付けて、参考書を開いた。
俺も書類に戻った。
(38歳の俺は、2026年のキョンの服を知っている。)
(それを言えないまま、こうして隣に座っている。)
(おかしな話だ。)
(でも——いい。)
(今日、キョンが「決めた」と言った。)
(俺の言葉で動いた。)
(落ち着けアラフォー。)
(それだけのことだ。)
(それだけで、十分すぎる。)
(俺はまだ言ってない。)
(でも今日はキョンが自分から来た。)
(服の話をした。聞いてくれた。)
(それがまず、積み上がっている。)
第24話です。キョンが服のことで詰まっていた。リュウが「着心地を先に」と即答した。38歳の記憶の中に、2026年のキョンが作っていた服がある。だから答えが出た。「なんで覚えてるの?」「大事な話だったから」——このやりとりが今回の核心です。次回は体育祭本番へ。




