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時をかけるアラフォー 〜あの子には性別がない〜  作者: 双子相
第2幕(ep20〜36)「3年生・勝負の年」
23/50

第23話 バータが動いた。ユースケが動いた。フミも動いていた


 5月の中旬になった。


 「未来から来たりしないよな」——あの一言は、まだ頭のどこかに引っかかっていた。


 (引っかかったまま2週間が経った。)

 (フミはその後、何も言わない。)

 (完全に通常運転だ。)

 (それが——逆に怖い。)


 生徒会の仕事は続いていた。

 体育祭本番まで、あと3週間。

 競技配置の最終確認、テント設営の担当振り分け、来賓席の準備。

 やることは次から次へ来る。


 フミとは毎日のように顔を合わせる。

 「ここを変えた方がいい」「この手順は逆にしろ」「確認が遅い」——いつも通りだ。

 「未来から来たりしないよな」の話は、一度も出ない。


 (冗談として処理した。)

 (俺も、そうした。)

 (それでいい。)

 (それでいいが——)


 (フミの目が、ときどき俺を見ている。)


---


 昼休み。

 バータを屋上で捕まえた。


 正確には、バータが先にいた。

 弁当を広げて、空を見上げていた。


 「バータ。」


 「おー。リュウ。なんで屋上。」


 「逃げてきた。資料を持ったまま廊下に出たら、先生につかまりそうになった。」


 「そういう逃げ方あるんだ。まあ座れよ。」


 並んで座った。

 バータは白米が多めの弁当だった。


 「でっかい弁当だな。」


 「これで足りないんだよな。俺。」


 (その体積ならそうだろう。)


 少し食べて、バータが空を見上げた。


 「なあリュウ。」


 「何。」


 「会社って、高校生でも作れるんだっけ。」


 (——来た。)


 「正式な法人登記は18歳以上が必要だ。ただ——準備は今からできる。」


 「準備って。」


 「業種を決める。市場を調べる。小さく試す。法人化は大学入学後でいい。」


 「なるほどな。」


 バータが弁当の箸を止めた。


 「実はな。知り合いの社長に話を聞いてもらえることになった。父ちゃんの友人。飲食系の小さい会社やってる人なんだけど。」


 「いつ。」


 「今度の土曜。リュウが先月、業種絞れって言ったじゃん。それで考えて——飲食か物販か、どっちかなと思ってて。でも俺バカだから、自分だけじゃ判断つかなくて。」


 (バータ。)

 (「バカだから」と言いながら、お前は動いていた。)

 (動いてから「バカだから」を言う人間は、バカじゃない。)


 「それ、いい選択だ。話を聞くのが一番早い。」


 「……でしょ? 違うかなと思ったけど。」


 「違わない。土曜、行ってこい。」


 バータがまた空を見上げた。


 「なんか。俺って今まで、考えるだけで全然動けてなかったんだよな。」


 「今動いてる。」


 「遅くない?」


 「3年は早い。」


 (38歳から見ると、本当に早い。)

 (まじで、早い。)


 「そっか。まあ。」


 バータが弁当の箸を再開した。


 「リュウが言うなら信じる。」


 (俺が言うと、なぜ信じてくれる。)

 (お前ら全員、なぜそんなに信じてくれる。)

 (ありがたいが、責任を感じる。アラフォーの責任感は重い。)


---


 放課後。


 廊下でユースケに会った。


 「リュウ! ちょうどよかった。聞いて。」


 (このテンションは何かあった。)


 「何。」


 「英語ラジオさ。毎朝やってるんだけど。」


 「聞いてるのか。」


 「聞いてる! NHKのやつ。7時からのやつ。最初は全然わかんなかったんだけど、最近ちょっとずつ聞き取れてきた気がして——でしょ? こういうのって続けることが大事でしょ?」


 (ユースケ。)

 (毎朝ラジオ英語を聞いていた。)

 (俺が英語の話をしてから——3ヶ月以上経つ。)

 (3ヶ月、続いていた。)


 「続いてるのか。」


 「うん! リュウが毎朝ランニングしてるって聞いてさ。なんか俺も朝から動いたら変わるかなと思って。」


 (俺に感化されてどうする。)

 (感化されるのはいいが、お前が早起きしていることを、今まで知らなかった。)


 「聞き取れてきたなら続けろ。あと——単語帳を1冊買え。ラジオだけだと後半で詰まる。」


 「単語帳か。どれがいい。」


 「英語の先生に聞くのが一番いい。自分で選んでも悪くないが、相談した方が続けやすい。」


 「なるほど〜! じゃあ明日聞いてみる。ありがとリュウ。」


 (ありがとを言う速度が速い。)

 (いい性格だ。損をしない性格だ。)

 (宇宙に行け、ユースケ。お前は宇宙に向いてる。)


---


 帰り支度をしていると、フミが近くにいた。


 「フミ。」


 「なんだ。」


 「経済、最近詰まってないか。」


 「……詰まってない。」


 「そうか。」


 「毎回また来週で終わらせてるのに、次が難しくなってる。」


 (それは俺の設計だ。少しずつ難しくなるように組んでいる。)

 (言わないが。)


 「難しくなってる実感があるなら、ちゃんと定着してる証拠だ。」


 「……理屈が通ってるのかどうかわからない。」


 「通ってる。」


 フミが少し間を置いた。


 「……3月から続いてる。」


 「続いてる。」


 「お前のペース設計が悪くない。だから続いてる。」


 (フミ。)

 (「悪くない」が最上級なのは、もう知ってる。)


 「ありがとう。」


 「礼はいい。来週も来る。」


 「わかった。」


 フミが立ち上がった。

 資料を片手でまとめた。


 「余計なことをするな、はまだ有効だ。」


 扉が閉まった。


 (フミ。)

 (お前は俺への疑惑を持ちながら、自分のことも止まらない。)

 (3月から週1が続いている。)

 (怖いし——すごい。)


---


 帰りの電車。


 今日はキョンと同じ車両だった。


 いつものドア付近。

 キョンが窓の外を見ていた。


 「キョン。」


 キョンが振り返った。


 「お疲れ。」


 「お疲れ。体育祭の準備、今日も残ってたのか。」


 「クラス旗の打ち合わせ。早川さんが仕切ってくれてるから、私はほぼ聞いてただけ。」


 (サナが仕切ってるのか。)


 「そうか。」


 「リュウは大変そうだな。生徒会ってやること多いの?」


 「まあな。でも——やれてる。」


 「そっか。」


 キョンが窓の外に目を戻した。


 夕方の住宅地が流れていく。


 「リュウって、去年と比べて忙しくなったよな。」


 「会長になったからな。」


 「そうだね。でも——なんか楽しそうに見える。」


 (キョン。)

 (楽しそうに、見えるか。)


 「そうかもしれない。」


 「なんでだろう。」


 「……それは俺にもわからない。」


 (嘘だ。)

 (わかってる。)

 (やりたいことをやれてるから、楽しい。)

 (やりたいことの中に——お前がいるから、楽しい。)

 (それは、言わない。今は。)


 「まあ、いいけど。楽しいのはいいことだよ。」


 「そうだな。」


 (俺はまだ言ってない。)

 (電車の中の、このくらいの距離で、このくらいの会話で——)

 (満足してしまっている節がある。)

 (それじゃダメだ。)

 (でも今日は——これでいい。)


 清峰駅が近づいてきた。


 電車が速度を落とす。


 「じゃあね。」


 「ああ。また明日。」


 キョンが降りた。

 ドアが閉まった。


---


 (バータが動いた。)

 (ユースケが動いた。)

 (フミが動いた。)

 (みんな、それぞれの方向に、少しずつ走り出している。)


 (俺は——まだ準備中だ。)

 (でも、方向はもう決まっている。)

 (3年のどこかで、ちゃんと言う。)

 (それは変わっていない。)


 車窓に、5月の夕暮れが流れていった。

 昨日と同じ景色。

 でも——昨日より少しだけ、先が見えている気がした。


 (フミ。)

 (お前は今夜、何を書いているんだろう。)


第23話です。バータ・ユースケ・フミ、それぞれが静かに動き始めました。「バカだから」と言いながら土曜日に社長に会いに行くバータ、3ヶ月間ひとりで毎朝ラジオを聞いていたユースケ、週1の経済勉強を続けながら「お前のペース設計が悪くない」と言ったフミ——3人とも、誰かに言わずに進んでいた。次回は体育祭本番へ。にぎやかになります。

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