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時をかけるアラフォー 〜あの子には性別がない〜  作者: 双子相
第2幕(ep20〜36)「3年生・勝負の年」
22/50

第22話 フミに「未来から来たりしないよな」と言われた

更新が遅れ失礼いたしました<(_ _)>


 5月に入った。


 「次は俺の番だ」——と思ってから、もう2週間が経っていた。


 (動けていない。)

 (何もできていない。)

 (「思っただけ」が「思った」に変わる気配が全くない。)


 体育祭の準備委員会が本格的に動き始めた。

 生徒会は全体の進行管理を担う。

 競技種目の最終確認、得点集計の担当振り分け、当日のアナウンス原稿の作成。

 やることはある。

 やることはあるので、考えなくていい日が続く。


 (ありがたい。)

 (正直、ありがたい。)

 (C組の件が落ち着いてから、頭の中が妙に静かすぎて、逆に気持ち悪い。)


 資料を抱えて、生徒会室に向かった。


---


 フミが先に来ていた。


 「遅い。」


 「2分だ。」


 「2分は2分だ。」


 (フミ。お前は時間に厳しすぎる。弁護士に向いてる。)


 椅子を引いて座った。

 資料を広げる。

 フミが自分のノートを開いた。


 「競技種目から。」


 「わかった。」


 30分で2つ片付いた。


 3つ目、アナウンス原稿の確認に入ったところで、フミが赤ペンを止めた。


 「ここ変えた方がいい。」


 「どこ。」


 「『競技が始まります』の前に、競技名を先に入れる。聞き取りやすくなる。」


 「なるほど。じゃあ——」


 書き直した。

 フミが見て、少し間を置いた。


 「……いいな。」


 (フミに「いいな」と言わせるのは、ハードルが高い。)

 (本日の小さな達成感。)


---


 作業が一区切りついた。


 フミが緑茶のボトルを机に出した。


 (高校生が緑茶のボトルを持ち歩いているのは、たぶんフミだけだ。)


 静かな時間が少し続いた。


 「なあ、リュウ。」


 「何。」


 フミが机の上に視線を落としたまま言った。


 「お前って、最近いろいろ変わったよな。」


 (——来た。)


 「変わったか?」


 「変わった。」


 フミが俺を見た。


 「言葉遣い。外見。毎朝ランニングしてるの知ってるぞ。参考書の量。あと——DSを触らなくなった。漫画も読まなくなった。」


 (カウントしてやがった。)

 (全部、覚えていた。)


 「……成長だろ。受験もあるし。」


 「全部、文化祭の翌日から。」


 間があった。


 「きっかけがあれば人間は変わる。」


 「そうだな。」


 (こいつは納得したのか、してないのか、毎回わからない。)


---


 フミがボトルの蓋を開けた。

 一口飲んで、また閉めた。


 「競馬の話、ちょっと前に聞いた。」


 (ひやっとした。)


 「何の話を。」


 「お前のおじさん、最近よく当てるって。センスのある甥がいるって。」


 (ユースケ。)

 (お前はなぜ余計なことを言うんだ。)


 「たまたま当たるときもある。」


 「どのくらい当ててる。」


 「……詳しくは知らない。おじさんが喜んでるだけで。」


 「ユースケが言ってたのと少し違う。」


 (ユースケが言ってた。)

 (さらっと情報を集めていた。)


 「ユースケはオーバーに言うから。」


 「そうか。」


 「そうだ。」


 フミがまた俺を見た。


 3秒。


 4秒。


 (このカウンターはやめてくれ。)

 (アラフォーでも、このカウンターは心臓に悪い。)


 「あと、株の話も聞いた。」


 「株。」


 「経済新聞を読んでるって。」


 (ユースケ。お前はどこまで話したんだ。)


 「高校生が経済新聞を読んでいると、何か問題があるか。」


 「問題はない。」


 「なら——」


 「珍しいと思っただけだ。」


 フミが少し間を置いた。


 「お前って。」


 静かな声だった。


 「……未来から来たりしてないよな?」


---


 (全身の血液が冷えた。)


 (心臓が1回、大きく跳ねた。)

 (それから、急に静かになった。)


 「……は?」


 「冗談だ。」


 フミが資料に視線を戻した。

 口元が、少しだけ、動いた。


 (笑ってる。)

 (フミが笑ってる。)

 (珍しい。珍しいが——今は全然嬉しくない。)


 「なんで。そういうことを言う。」


 「冗談だって言っただろ。」


 「だから。なんでそういう冗談が出てくる。」


 フミが俺を見た。


 「変化が急すぎる。それだけだ。普通、人間は1日でそこまで変わらない。文化祭の翌日から、全部が変わった。それを積み重ねて考えると——まあ、SF的な可能性が浮かんで笑えた。それだけだ。」


 (SF的な可能性。)

 (フミの口からそれが出るとは思わなかった。)


 「……冗談として受け取っていいか。」


 「冗談だ。」


 「そうか。」


 「ただ。」


 フミがボトルを机の端に置いた。


 「また言う。余計なことはするな。」


 (また、その言葉だ。)


 「……余計なことって。」


 「意味のない動きをするな、ということだ。」


 (多義的だ。今日も多義的だ。)


 「わかった。」


 「本当にわかったか。」


 「わかった。」


 フミが立ち上がった。

 資料を片手でまとめた。


 「競馬の件も、ほどほどにしろ。」


 「……そうする。」


 扉が閉まった。


---


 (全身の血液が冷えたまま、まだ戻っていない。)


 (フミ。)

 (お前は、どこまで知っている。)

 (「冗談だ」と言ったが——)

 (あの目は、冗談の目じゃなかった。)

 (でも、本気の目でもなかった。)


 (問い詰めなかった。)

 (証拠がないから、問い詰めない。)

 (でも——情報は集めていた。)

 (ユースケから、さりげなく。)

 (気づかれないように。)


 (フミ。お前は弁護士に向いてる。)

 (本当に向いてる。)

 (だから怖い。)


---


 教室に戻ると、キョンがいた。


 窓際の席。

 ノートを広げていた。

 授業の予習か、手描きのスケッチか、遠くてわからない。


 (落ち着けアラフォー。)

 (フミの件で動揺したまま、キョンの顔を見るな。)

 (お前の顔は、キョンが言った通り、よく出る。)


 席に着いた。


 キョンが顔を上げた。


 「生徒会終わった?」


 「だいたい。」


 「お疲れ。」


 (ありがとう。今日は特にありがたい。)


 「……キョン。」


 「うん。」


 「お前ってさ。」


 (言うな。変なことを言うな。)

 (「俺のこと変だと思うか」なんて聞くな。)


 「……いや、なんでもない。」


 「中途半端。」


 キョンが少し眉を上げた。

 呆れているのか、笑っているのか、どっちともとれる顔だった。


 「またなんか考えてる。」


 「そうかもしれない。」


 「体育祭のこと?」


 「……そういうのも含めて。」


 キョンがノートに視線を戻した。


 「頑張れよ。会長。」


 (会長。)

 (まだ慣れない。)

 (でも——今日は少し、ありがたかった。)


 「ありがとう。」


 「どういたしまして。」


 (キョン。)

 (俺はまだ言ってない。)

 (今日は——それどころじゃなかった。)

 (フミが怖すぎた。)

 (でも少し、息ができた。)


---


 放課後、ユースケを捕まえた。


 「ユースケ。」


 「え、急に。何。」


 「フミに、おじさんの競馬の話をしたか。」


 「したっけ。」


 (したっけ、じゃない。)


 「したか、してないか。」


 「……したかも。フミが聞いてきたから。なんか自然に話してた。」


 (自然に。)

 (自然に聞き出された。)

 (フミの情報収集能力、本当に怖い。)


 「他に何か言ったか。」


 「えーと。株の話したかも。リュウが経済新聞読んでるって。あ、あとなんか、リュウって最近やたら将来のこと考えてるよね、みたいな話もした気がする——なんで? 何かまずかった?」


 (将来のこと。)


 「……なんでもない。フミには気をつけろ。」


 「気をつけろって——フミが何か変なことした?」


 「変なことはしていない。ただ——気をつけろ。」


 ユースケが首をかしげた。


 「……でしょ?」


 (今回のでしょは、使い方が合っていないが、指摘する余裕がない。)


 「そうだ。でしょだ。」


 「伝わってないと思うけど……まあいいや。リュウが言うなら気をつける。」


 (ユースケ。お前は信頼できる。)

 (情報を筒抜けにするが、信頼できる。)


---


 帰りの電車。


 窓の外を見ながら、考えた。


 (フミは何を知っている。)

 (「未来から来たりしないよな?」は、冗談だと言った。)

 (でも——情報を集めていた。)

 (変化のリストも作っていた。)

 (「文化祭の翌日から、全部が変わった」——正確だ。)


 (落ち着けアラフォー。)

 (フミに証拠はない。)

 (俺が高校生として普通に生活している限り、証拠なんてとれない。)

 (あの「冗談だ」は、今は冗談としか言えない状態、ということだ。)


 (でも——フミはいつか確認しに来る。)

 (俺が何か変なことをしたとき。)

 (何かを「知りすぎている」瞬間を見たとき。)


 (気をつけろ。)

 (俺はまだ言ってない。)

 (キョンのことも、言ってない。)

 (そっちが先だ。そっちが先なのに——)


 (今日は全部フミにもっていかれた。)


 清峰駅を過ぎた。


 今日はキョンと違う車両だったから、並んで乗れていない。

 改札に向かう背中も見ていない。


 (俺はまだ言ってない。)

 (今日は、それでいい。)

 (今日は——そう言い聞かせる。)


 車窓に、5月の夕暮れが流れていった。


 (フミ。)

 (お前は今夜、何を考えている。)


第22話です。フミの「未来から来たりしないよな?」、冗談のトーンでしたが、目が笑っていないフミを想像するとそこそこ怖くないですか。笑ったのに怖い、という矛盾がフミらしいと思います。ユースケが気づかないうちに情報を集められていたのも地味に怖い。次回——フミがどこまで知っているかの答えは、まだ出ません。脇役たちのあれこれと、リュウの「時機」が少し動き始めます。

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