第22話 フミに「未来から来たりしないよな」と言われた
更新が遅れ失礼いたしました<(_ _)>
5月に入った。
「次は俺の番だ」——と思ってから、もう2週間が経っていた。
(動けていない。)
(何もできていない。)
(「思っただけ」が「思った」に変わる気配が全くない。)
体育祭の準備委員会が本格的に動き始めた。
生徒会は全体の進行管理を担う。
競技種目の最終確認、得点集計の担当振り分け、当日のアナウンス原稿の作成。
やることはある。
やることはあるので、考えなくていい日が続く。
(ありがたい。)
(正直、ありがたい。)
(C組の件が落ち着いてから、頭の中が妙に静かすぎて、逆に気持ち悪い。)
資料を抱えて、生徒会室に向かった。
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フミが先に来ていた。
「遅い。」
「2分だ。」
「2分は2分だ。」
(フミ。お前は時間に厳しすぎる。弁護士に向いてる。)
椅子を引いて座った。
資料を広げる。
フミが自分のノートを開いた。
「競技種目から。」
「わかった。」
30分で2つ片付いた。
3つ目、アナウンス原稿の確認に入ったところで、フミが赤ペンを止めた。
「ここ変えた方がいい。」
「どこ。」
「『競技が始まります』の前に、競技名を先に入れる。聞き取りやすくなる。」
「なるほど。じゃあ——」
書き直した。
フミが見て、少し間を置いた。
「……いいな。」
(フミに「いいな」と言わせるのは、ハードルが高い。)
(本日の小さな達成感。)
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作業が一区切りついた。
フミが緑茶のボトルを机に出した。
(高校生が緑茶のボトルを持ち歩いているのは、たぶんフミだけだ。)
静かな時間が少し続いた。
「なあ、リュウ。」
「何。」
フミが机の上に視線を落としたまま言った。
「お前って、最近いろいろ変わったよな。」
(——来た。)
「変わったか?」
「変わった。」
フミが俺を見た。
「言葉遣い。外見。毎朝ランニングしてるの知ってるぞ。参考書の量。あと——DSを触らなくなった。漫画も読まなくなった。」
(カウントしてやがった。)
(全部、覚えていた。)
「……成長だろ。受験もあるし。」
「全部、文化祭の翌日から。」
間があった。
「きっかけがあれば人間は変わる。」
「そうだな。」
(こいつは納得したのか、してないのか、毎回わからない。)
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フミがボトルの蓋を開けた。
一口飲んで、また閉めた。
「競馬の話、ちょっと前に聞いた。」
(ひやっとした。)
「何の話を。」
「お前のおじさん、最近よく当てるって。センスのある甥がいるって。」
(ユースケ。)
(お前はなぜ余計なことを言うんだ。)
「たまたま当たるときもある。」
「どのくらい当ててる。」
「……詳しくは知らない。おじさんが喜んでるだけで。」
「ユースケが言ってたのと少し違う。」
(ユースケが言ってた。)
(さらっと情報を集めていた。)
「ユースケはオーバーに言うから。」
「そうか。」
「そうだ。」
フミがまた俺を見た。
3秒。
4秒。
(このカウンターはやめてくれ。)
(アラフォーでも、このカウンターは心臓に悪い。)
「あと、株の話も聞いた。」
「株。」
「経済新聞を読んでるって。」
(ユースケ。お前はどこまで話したんだ。)
「高校生が経済新聞を読んでいると、何か問題があるか。」
「問題はない。」
「なら——」
「珍しいと思っただけだ。」
フミが少し間を置いた。
「お前って。」
静かな声だった。
「……未来から来たりしてないよな?」
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(全身の血液が冷えた。)
(心臓が1回、大きく跳ねた。)
(それから、急に静かになった。)
「……は?」
「冗談だ。」
フミが資料に視線を戻した。
口元が、少しだけ、動いた。
(笑ってる。)
(フミが笑ってる。)
(珍しい。珍しいが——今は全然嬉しくない。)
「なんで。そういうことを言う。」
「冗談だって言っただろ。」
「だから。なんでそういう冗談が出てくる。」
フミが俺を見た。
「変化が急すぎる。それだけだ。普通、人間は1日でそこまで変わらない。文化祭の翌日から、全部が変わった。それを積み重ねて考えると——まあ、SF的な可能性が浮かんで笑えた。それだけだ。」
(SF的な可能性。)
(フミの口からそれが出るとは思わなかった。)
「……冗談として受け取っていいか。」
「冗談だ。」
「そうか。」
「ただ。」
フミがボトルを机の端に置いた。
「また言う。余計なことはするな。」
(また、その言葉だ。)
「……余計なことって。」
「意味のない動きをするな、ということだ。」
(多義的だ。今日も多義的だ。)
「わかった。」
「本当にわかったか。」
「わかった。」
フミが立ち上がった。
資料を片手でまとめた。
「競馬の件も、ほどほどにしろ。」
「……そうする。」
扉が閉まった。
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(全身の血液が冷えたまま、まだ戻っていない。)
(フミ。)
(お前は、どこまで知っている。)
(「冗談だ」と言ったが——)
(あの目は、冗談の目じゃなかった。)
(でも、本気の目でもなかった。)
(問い詰めなかった。)
(証拠がないから、問い詰めない。)
(でも——情報は集めていた。)
(ユースケから、さりげなく。)
(気づかれないように。)
(フミ。お前は弁護士に向いてる。)
(本当に向いてる。)
(だから怖い。)
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教室に戻ると、キョンがいた。
窓際の席。
ノートを広げていた。
授業の予習か、手描きのスケッチか、遠くてわからない。
(落ち着けアラフォー。)
(フミの件で動揺したまま、キョンの顔を見るな。)
(お前の顔は、キョンが言った通り、よく出る。)
席に着いた。
キョンが顔を上げた。
「生徒会終わった?」
「だいたい。」
「お疲れ。」
(ありがとう。今日は特にありがたい。)
「……キョン。」
「うん。」
「お前ってさ。」
(言うな。変なことを言うな。)
(「俺のこと変だと思うか」なんて聞くな。)
「……いや、なんでもない。」
「中途半端。」
キョンが少し眉を上げた。
呆れているのか、笑っているのか、どっちともとれる顔だった。
「またなんか考えてる。」
「そうかもしれない。」
「体育祭のこと?」
「……そういうのも含めて。」
キョンがノートに視線を戻した。
「頑張れよ。会長。」
(会長。)
(まだ慣れない。)
(でも——今日は少し、ありがたかった。)
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
(キョン。)
(俺はまだ言ってない。)
(今日は——それどころじゃなかった。)
(フミが怖すぎた。)
(でも少し、息ができた。)
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放課後、ユースケを捕まえた。
「ユースケ。」
「え、急に。何。」
「フミに、おじさんの競馬の話をしたか。」
「したっけ。」
(したっけ、じゃない。)
「したか、してないか。」
「……したかも。フミが聞いてきたから。なんか自然に話してた。」
(自然に。)
(自然に聞き出された。)
(フミの情報収集能力、本当に怖い。)
「他に何か言ったか。」
「えーと。株の話したかも。リュウが経済新聞読んでるって。あ、あとなんか、リュウって最近やたら将来のこと考えてるよね、みたいな話もした気がする——なんで? 何かまずかった?」
(将来のこと。)
「……なんでもない。フミには気をつけろ。」
「気をつけろって——フミが何か変なことした?」
「変なことはしていない。ただ——気をつけろ。」
ユースケが首をかしげた。
「……でしょ?」
(今回のでしょは、使い方が合っていないが、指摘する余裕がない。)
「そうだ。でしょだ。」
「伝わってないと思うけど……まあいいや。リュウが言うなら気をつける。」
(ユースケ。お前は信頼できる。)
(情報を筒抜けにするが、信頼できる。)
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帰りの電車。
窓の外を見ながら、考えた。
(フミは何を知っている。)
(「未来から来たりしないよな?」は、冗談だと言った。)
(でも——情報を集めていた。)
(変化のリストも作っていた。)
(「文化祭の翌日から、全部が変わった」——正確だ。)
(落ち着けアラフォー。)
(フミに証拠はない。)
(俺が高校生として普通に生活している限り、証拠なんてとれない。)
(あの「冗談だ」は、今は冗談としか言えない状態、ということだ。)
(でも——フミはいつか確認しに来る。)
(俺が何か変なことをしたとき。)
(何かを「知りすぎている」瞬間を見たとき。)
(気をつけろ。)
(俺はまだ言ってない。)
(キョンのことも、言ってない。)
(そっちが先だ。そっちが先なのに——)
(今日は全部フミにもっていかれた。)
清峰駅を過ぎた。
今日はキョンと違う車両だったから、並んで乗れていない。
改札に向かう背中も見ていない。
(俺はまだ言ってない。)
(今日は、それでいい。)
(今日は——そう言い聞かせる。)
車窓に、5月の夕暮れが流れていった。
(フミ。)
(お前は今夜、何を考えている。)
第22話です。フミの「未来から来たりしないよな?」、冗談のトーンでしたが、目が笑っていないフミを想像するとそこそこ怖くないですか。笑ったのに怖い、という矛盾がフミらしいと思います。ユースケが気づかないうちに情報を集められていたのも地味に怖い。次回——フミがどこまで知っているかの答えは、まだ出ません。脇役たちのあれこれと、リュウの「時機」が少し動き始めます。




