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時をかけるアラフォー 〜あの子には性別がない〜  作者: 双子相
第2幕(ep20〜36)「3年生・勝負の年」
21/50

第21話 C組の誰かがキョンに近づいている


 翌朝。


 目が覚めたとき、最初に浮かんだのはC組のことだった。


 (落ち着けアラフォー。)

 (寝て起きたからといって状況は変わっていない。)

 (C組に誰かいる。それだけだ。)

 (噂だ。確認もとれていない。)


 起き上がって顔を洗った。


 (落ち着けアラフォー。)

 (鏡の前で落ち着けと唱えるな。)

 (ちゃんと洗顔しろ。)


 ランニングに出た。


 いつものコース。

 住宅街の路地を抜けて、公園を一周して、戻ってくる。

 35分。毎朝のルーティンだ。


 (体を動かせば落ち着く。)

 (38歳の経験則。)


 落ち着かなかった。


 (なんでだ。)


---


 電車の中でキョンを見つけたのは、清峰駅を過ぎてすぐだった。


 いつも通りのドア付近。

 いつも通りの制服。

 イヤホンをしていた。


 (いつも通りだ。)

 (キョンは何も知らない顔をしている。)

 (いや、知らないのかもしれないし、知っていて普通にしているのかもしれない。)


 「おはよ。」


 キョンが気づいて、片耳のイヤホンを外した。


 「おはよ。なんか顔色悪くない?」


 (バレてる。)


 「寝不足。」


 「そっか。今日暖かいから眠くなるよ。」


 (全然違う理由だ。でもそう言えない。)


 「そうだな。」


 キョンが再びイヤホンをつけた。

 車内は静かだった。


 (キョン。)

 (お前の隣に、C組の誰かが近づこうとしている。)

 (お前は知ってるのか、知らないのか。)


 (落ち着けアラフォー。)


 (全然落ち着けない。)


---


 昼休み。


 ユースケとバータが購買のパンを持って教室に来た。


 「リュウ、なんか暗くない?」


 ユースケが開口一番に言った。


 「暗くない。」


 「暗いって。いつもより眉間に縦線入ってる。でしょ?」


 バータが俺の顔を見た。


 「……入ってるな。」


 (2人ともありがとう。でもそういう情報は必要ない。)


 「C組のやつのこと気になってんだろ。」


 バータが言った。


 (どこから聞いた。)


 「ミナミが言ってたから。」


 「ミナミが。」


 「ミナミが昨日リサに言って、リサが俺に言って。」


 (情報の回り方が速すぎる。)


 ユースケが身を乗り出してきた。


 「え、何!? C組の話、俺聞いてない!」


 「キョンに告白しようとしてる男がいるらしい。」


 「えっ。え、マジで!?」


 (声がでかい。声がでかすぎる。)


 「声。」


 「あ、ごめん。でもマジで!? リュウどうすんの!!」


 「どうもしない。」


 「どうもしないの!? キョンのこと好きなんじゃないの!?」


 (ユースケ。頼むから声を下げてくれ。38歳でもこれは心臓に悪い。)


 「声。」


 「あ、ごめんごめん。でも——」


 「どうもしない。」


 「なんで!?」


 バータがパンをかじりながら言った。


 「俺バカだからよくわかんないけど。」


 (来た。バータの「俺バカだから」は前振りだ。)


 「先に動けばいいんじゃないの。」


 (直球だった。)


 「……。」


 「難しいことはわかんない。でも相手が動く前に動けるなら、動いたほうがいいんじゃないかと思って。」


 「それは——」


 「俺バカだからよくわかんないけど。」


 (2回言った。「俺バカだから」を2回言いながら一番核心を突いてくるのがバータだ。)


 ユースケが「でしょ!?」と頷いた。


 「俺もそう思う! タイミングとか準備とか言ってる場合じゃなくない!?」


 (タイミングと準備が大事なんだよ。)

 (お前たちに言ってもわからないかもしれないが。)

 (でも——。)


 (……わかってる。わかってる。バータの言う通りかもしれない。)


 「ちょっと考える。」


 「考えすぎるタイプだよね、リュウ。」


 「でしょ? なんかいつも全部考えてから動く感じ。」


 「悪くはないんだけど。」


 (バータとユースケに人生相談のような状態になってきた。)

 (俺は38歳だ。17歳に相談している38歳だ。)

 (何をやっているんだ。)


---


 放課後の生徒会室。


 書類を整理していると、フミが来た。


 「来たか。」


 「仕事の話。」


 「どうぞ。」


 フミが資料を出して、来月の行事について話した。

 体育祭の準備が始まる。

 各クラスへの連絡ルートを整理しておきたい。

 30分ほどの打ち合わせで片付いた。


 フミが立ち上がろうとした。


 「……聞いたか。」


 俺が言った。


 「何を。」


 「C組の話。」


 フミが少し間を置いた。


 「聞いた。」


 「どう思う。」


 「どう思うって、何が。」


 「……なんでもない。」


 フミが俺の顔をじっと見た。

 3秒。


 「余計なことはするな。」


 「余計なこと?」


 「意味のない動きをするな、という話だ。」


 (……フミ。)

 (それは「今動くな」という意味か。)

 (それとも「変なことするな」という意味か。)


 「どういう意味だ。」


 「そのままの意味だ。」


 フミが出ていった。


 (フミ。お前の言うことは毎回多義的すぎる。)

 (弁護士に向いてる気はするが、今の俺には刺さりすぎる。)


---


 翌日の放課後、廊下でミナミとサナに捕まった。


 「リュウ! ちょっといい!」


 「ねえ待って、まず確認なんだけど。」


 2人が同時に話しかけてきた。


 「1人ずつ。ミナミ。」


 「C組の話、進展あったよ。」


 (心臓が跳ねた。)


 「……内容。」


 「話しかけたって。C組の誰かが、キョンに話しかけたって。」


 「どんな話を。」


 「それはわかんない。キョンが帰るときに廊下で。なんか話しかけて、キョンが普通に返事してたって。」


 (普通に返事。)

 (それだけか。)

 (それだけだが——。)


 「サナ。」


 「いや待って、私が聞いたのとちょっと違くて。」


 「どう違う。」


 「なんか、話しかけただけじゃなくて、一緒に帰ろうとしてたって聞いた。」


 (一緒に帰ろうと。)


 (落ち着けアラフォー。)


 「……キョンはどうした。」


 「そこがわかんない。」


 (わかんないのか。)


 「帰ったか、断ったか、どっちかだと思うんだけど。」とサナが言った。


 ミナミが「ねえリュウ、大丈夫?」と俺の顔を覗き込んだ。


 「大丈夫だ。」


 「全然大丈夫じゃない顔してる。」


 「大丈夫だ。」


 (大丈夫じゃない。)

 (全然大丈夫じゃない。)


 (落ち着けアラフォー。)

 (これは噂だ。伝言ゲームだ。確認がとれていない。)

 (俺はまだ言ってない。言っていないのは俺の選択だ。)

 (だから——)


 (落ち着けアラフォー。)

 (落ち着けアラフォー。)


 (落ち着けない。)


---


 帰りの電車。


 清峰駅まで、キョンは隣に立っていた。


 「なんか今日も、みんなに顔色悪いって言われた。」


 キョンが言った。


 「そうか。」


 「リュウも朝言ってたね。」


 「言ったな。」


 「なんかあった?」


 (なんかあった、というか、お前に関することがあった、というか。)


 「ちょっと考えることがあって。」


 「受験のこと?」


 「そういうのも含めて。」


 キョンが少し俺を見た。


 「リュウって、なんかいつも考えてるよね。」


 「そうかもしれない。」


 「それが顔に出るときと出ないときがある。今日は出てる。」


 (キョン。お前が俺のことを結構よく見ているのはわかってる。)

 (だから余計に落ち着けないんだ。)


 「気にしないでくれ。」


 「気にするよ。大丈夫?」


 (え。)


 「……そうか。」


 「普通に心配するでしょ、友達が変な顔してたら。」


 (友達。)

 (友達か。)

 (今はそれでいい。今はそれでいい。)


 「大丈夫だ。ちゃんとやれてる。」


 「ならいいけど。」


 清峰駅が近づいてきた。

 電車が速度を落とした。


 (C組の誰かが、このキョンに話しかけた。)

 (もしかしたら一緒に帰ろうとした。)

 (キョンがどう思ったか、まだわからない。)


 (俺はまだ言ってない。)

 (まだ言ってない。)


 扉が開いた。


 キョンが「じゃあね」と言って降りた。


 改札に向かっていく背中を見た。


 (まだ言ってない。)

 (でもこのままじゃ——)


 扉が閉まった。


---


 次の朝。


 ユースケがいつもより5分早く教室に来ていた。


 「リュウ。」


 「なんだ。」


 「C組の件、聞いた。昨日キョンが断ったって。」


 (——。)


 「誰から。」


 「リサから。リサが帰り道で見てたって。」


 「断ったのか。」


 「断ったみたい。キョンが『ごめん、今はちょっと』って言ったって。」


 (今はちょっと。)


 (今は、だ。)


 (「今は」——だ。)


 (落ち着けアラフォー。)

 (「今はちょっと」の「今は」に乗っかるな。)


 「そっか。」


 「で、リュウはどうすんの。」


 「どうもしない。」


 「え!? また!?」


 (声がでかい。)


 「声。」


 「ごめん。でも——まだ動かないの?」


 「……時機を見る。」


 「時機って、いつ?」


 (いつだ。)

 (いつが正解だ。)

 (38歳の俺にも、それだけはわからない。)


 「まだわからない。」


 「でしょ?」


 「今回はでしょじゃない。」


 「あ、そっか。」


 ユースケが頭をかいた。


 「でもよかったよな、とりあえず。」


 (よかった。)

 (そうだ、よかった。)

 (今は——よかった。)


 (俺はまだ言ってない。)

 (C組の件は、少し息ができた。)

 (少し、だ。)


 (次は俺の番だ。)


 そう思った。

 思っただけだが。

 でも——思った。


 (落ち着けアラフォー。)

 (「思っただけ」を「思った」に変えるのが、次の課題だ。)


第21話です。「落ち着けアラフォー」が何回出てきたか数えた方、お疲れ様でした。バータの「俺バカだからよくわかんないけど」を2回続ける技は毎回核心を突いてくるので、もしかしてバータが一番賢いのでは、と思い始めています。次回——フミから予想外の問いが来ます。「お前って、未来から来たりしないよな」。笑えます。多分。

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