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時をかけるアラフォー 〜あの子には性別がない〜  作者: 双子相
第2幕(ep20〜36)「3年生・勝負の年」
20/50

第20話 「何になりたいの?」と聴かれた。C組から何か来るのかも


 4月になった。


 3年B組。


 (ここだ。)

 (ここで1年間、やる。)


 新しい教室の窓は、今まで使っていた教室より少し大きい気がした。

 気のせいかもしれない。でも光が入ってくる感じが、少し違う。


 (落ち着けアラフォー。窓が大きいだけで感慨にふけるな。)


 表の席順を確認すると、キョンの席が前から3番目にあった。


 (落ち着けアラフォー。確認した。それだけだ。)


 1時間目が終わったところで、廊下からユースケが顔を出した。


 「リュウ。」


 「なんで来てるんだ。」


 「来ちゃった。D組から歩いて2分。運命じゃない?」


 「授業の間隔で来るな。」


 「でもキョンと同じクラスになったんだろ。そっちこそ運命じゃない?」


 (——。ユースケ。声がでかい。)


 「静かにしろ。」


 「あ、ごめん。でも——」


 ユースケが廊下の壁に寄りかかった。


 「3年だぞ。受験だぞ。なんか、やる気ある?」


 「ある。」


 「マジで?」


 「マジで。」


 「リュウはなんかいつもそういう感じだよな。やる気あんのか落ち着いてんのかわかんない。」


 「どっちもだよ。」


 「でしょ? 俺もそういうタイプになりたい。」


 (ユースケ。お前はお前のままでいい。声のでかいお前が好きだ。)


---


 生徒会長としての仕事は、4月の最初の週から動き出した。


 引き継ぎ資料を作った。

 「仕組みを作る」と演説で言ったのだから、本当に作らなければいけない。


 (38歳のSE経験が、ここで使える。)

 (業務フローの整理は得意だ。まさかタイムリープ先の生徒会で活きる技術とは思わなかったが。)


 放課後の生徒会室で一人で作業していると、フミが入ってきた。


 「何してる。」


 「引き継ぎ資料。」


 「まだ4月だぞ。」


 「早いほうがいい。」


 フミが「そうか」と言って、椅子を引いた。

 座った。弁当箱を出した。


 2人で黙って、それぞれの手を動かした。


 (この静けさが——いい。)

 (フミといると、黙っていられる。)


 「経済の参考書、次は需要と供給のあたりからやりたい。」


 「わかった。今週の水曜か。」


 「そうだ。価格弾力性の計算式が入ってこない。」


 「わかった。そこから始める。」


 フミが弁当の蓋を閉めた。


 (フミ。お前は弁護士になれる。なる。)

 (今は、ただ隣にいる。)

 (それがお前への返事だ。)


---


 図書館に行ったのは、4月の半ばだった。


 放課後。AO入試に向けて背景知識を仕入れる目的だった。


 経営・経済のコーナーへ向かった。


 キョンがいた。


 (落ち着けアラフォー。)

 (図書館に人がいるのは当たり前だ。当たり前だ。)


 キョンは窓際の席に座っていた。

 膝の上に厚い本を開いていた。

 洋書だった。写真が多い。服のやつだ。


 棚から参考書を2冊取って、キョンから3席ほど離れたところに座った。


 読み始めた。


 (集中しろ。集中。集中、集中。)

 (職場でうるさい上司がいても資料を読んでいた俺だ。これくらいどうにかなる。)


 「——ねえ。」


 キョンの声がした。


 見た。


 キョンが本から顔を上げて、こちらを見ていた。


 「リュウって、何になりたいの?」


---


 (——。)


 「何になりたいの」は、3年の4月に聞かれる言葉だ。

 先生も聞く。親も聞く。進路のプリントにも書く。

 でも今それを言ってきたのは、キョンだった。


 思考が一瞬、止まった。


 最初に浮かんだのは——お前のそばにいたい——という言葉だった。


 (やめろ。それは「何になりたい」への答えじゃない。)


 次に浮かんだのは、投資家、カフェオーナー、関東に残ること、だった。


 (それも言えない。)

 (落ち着けアラフォー。今じゃない。)


 間が空いた。


 「……経営の勉強をしたいと思ってる。」


 「大学で。その後は——自分で何か動かしたい。会社でもいいし、そうじゃなくてもいい。」


 キョンが少し首をかしげた。


 「なんか、リュウっぽい。」


 「そうか。」


 「うん。なんか、最初からそういう感じだった。」


 「最初から?」


 「文化祭のとき。なんか、こなれてた。話し方が。」


 (こなれてたのは38歳だからだ。言えない。)


 「ずっとそういう人間だったわけじゃないんだけど。」


 「でも今はそうだよ。」


---


 「じゃあ、お前は。」


 返した。


 キョンが少し間を置いた。


 本から目を離して、テーブルを見た。


 「……わかんない。」


 「でも服は——続けたい。」


 「そうか。」


 「なんか、作るのが好き。形にするのが。言葉にならないやつを形にする、みたいな。」


 キョンが動きを止めた。


 「……なんでわかるの?」


 「なんとなく。」


 「……そう。そういう感じ。なんでわかるのか不思議だけど。」


 キョンが少し下を向いた。


 (キョン。)

 (お前が感じている「わからない」には、ちゃんと名前がある。)

 (ただ、この時代にはまだその言葉が存在しない。)

 (20年後、お前はちゃんと自分の言葉を見つける。)

 (今は待つだけだ。)


 キョンが洋書のページをめくった。


 窓の光が、斜めに入ってきていた。


 (落ち着けアラフォー。)

 (キョンの横顔がある。)

 (参考書のページが、全然入ってこない。)

 (入ってくるわけがない。)

 (38年間、こんなに集中できなかった日があったか。)

 (あった。このために戻ってきたんだから。)


 (でも。今じゃない。)

 (今じゃないことだけは、わかってる。)


 (俺はまだ言ってない。)


 参考書に目を落とした。


 文字が滑っていった。


---


 小1時間後、図書館を出た。


 廊下でフミとすれ違った。


 (なんでここにいるんだ。)


 フミが俺の顔を見た。

 一秒だけ。


 「……図書館か。」


 「参考書を探してた。」


 「そうか。」


 フミが通り過ぎた。


 (フミの目が「キョンもいたんだろ」と言っていた。)

 (俺は「わかってるから追及するな」という顔を返した。)

 (言葉はなかった。でも会話はあった。)

 (フミ。お前は本当に怖い。)


---


 夕方、ミナミが走ってきた。


 「リュウ!ちょっといい!? ねえ聞いて!!」


 (ミナミが「ねえ聞いて」で走ってくるときは、99パーセント誰かの恋愛情報だ。38歳の経験則。)


 「聞く。」


 「3年C組に——キョンのことが好きな人がいるって噂で。」


 (——。)


 「……続けろ。」


 「告白しようとしてるって。近いうちに。」


 (落ち着けアラフォー。)


 「……そうか。」


 「リュウ、顔。なんか変な顔してる。」


 「してない。」


 「してるよ。絶対してる。」


 (落ち着けアラフォー。)

 (全然落ち着けない。)

 (38歳でもこれは落ち着けない。いや落ち着けなくて当然だ。当然だということにしておこう。)


 「情報源はどこだ。」


 「サナから。サナはキョンと話してた人が廊下で聞いたって。」


 (伝言ゲームだ。まだ確定じゃない。でも——)


 「……わかった。ありがとう。」


 「リュウ、大丈夫?」


 「大丈夫だ。」


 (大丈夫じゃない。全然大丈夫じゃない。)


 ミナミが去っていった。


 廊下に一人で立った。


 (C組。)

 (C組の誰かが、キョンに告白しようとしている。)


 (落ち着けアラフォー。)

 (落ち着けアラフォー。)

 (落ち着けアラフォー。)


 3回唱えた。


 全然落ち着けなかった。


第20話です。キョンに「何になりたいの」と聞かれました。最初に頭に浮かんだ言葉を、本人も驚いたと思います。言いかけて、止めました。準備ができてないから。3年が始まったばかりです。でも——C組の噂が来ました。「落ち着けアラフォー」が何回出てくるか数えてみてください。

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