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時をかけるアラフォー 〜あの子には性別がない〜  作者: 双子相
第2幕(ep20〜36)「3年生・勝負の年」
25/50

第25話 体育祭、全員集合。キョンが外で笑った


 5月が終わった。


 体育祭の準備は6月に入ってからも続いた。

 競技配置の最終確認、テント設営の割り当て、来賓席の誘導動線——やることは最後の最後まで増えた。


 (準備した。本当に準備した。)

 (タイムスケジュールを4パターン作った。雨天中止の場合まで作った。)

 (38歳のSEが体育祭に本気を出すとこうなる。)


---


 6月5日。

 体育祭当日。


 朝7時30分。

 グラウンドに出た瞬間、スピーカーから音が飛んできた。


 「会長すみません音響の設定がまだで」


 (わかった。落ち着け。)


 手元のチェックリストを開く。

 音響——テント——来賓席——競技備品。

 ひとつずつ確認する。


 副会長の田島が駆け寄ってきた。

 「来賓の駐車スペースが足りないって連絡来てます」


 「南側の臨時スペース使えるか体育館の先生に確認しろ。許可が出たら看板立てる。」


 「わかりました」


 田島が走った。


 (走らせてしまった。)

 (俺は38歳なので全力疾走はしないが、手は動いている。)


---


 9時。開会式。


 全校生徒がグラウンドに並ぶ。

 A組、B組、C組、D組——縦に列。


 俺はマイクの前に立った。


 (フィードバックが来たらやだな。)


 来なかった。


 「おはようございます。本日はよい天気に恵まれました。みなさんの日頃の行いが良いことの証明です。」


 後方から「でしょ!!」という叫び声。


 ユースケだった。


 (開会式中だ。)

 (でも——空気を作ってくれた。)


 笑いが起きた。

 ちょうどよかった。


---


 午前中の競技は次々と進んでいく。


 俺の役割は競技補助と審判補助だ。

 自分は出場しない。


 (生徒会長は体育祭の主役ではない。)

 (これが最初の誤算だった。)

 (運営で走り回って、競技を見ている暇がない。)


 棒倒しの審判位置についたとき、バータが目に入った。


 C組の列の前に出てきた瞬間、相手チームの生徒が3人弾き飛んだ。


 (物理だ。体重差がある。)


 「バータ!! 行け!!!」


 D組の応援席からユースケが身を乗り出した。

 声がグラウンドの端まで届いた。


 バータが棒をつかんだ。

 倒れる。

 轟音。


 「やったーーー!!」


 ユースケが飛び上がった。

 D組の生徒に混じって跳ねている。


 (ユースケ。C組の競技だ。)

 (お前のクラスは関係ない。)

 (でも全力だった。)


---


 昼休み。


 俺は日陰のテントで資料の最終確認をしていた。


 「リュウ、ご飯食べた?」


 ミナミだった。


 弁当箱を持って立っている。


 「——なんでB組の弁当がここにある。」


 「迷ってたら来た。」


 (方向音痴にも限度がある。)


 「A組はあっちだ。南西の端。」


 「え、南西ってどっち。」


 (南西がわからないのか。)


 「太陽が右側になる方向に歩け。」


 「右……右……あ、キョンも迷ってる!」


 (キョンも?)


 ミナミが手を振った。

 キョンがこちらに歩いてきた。


 弁当を持って、日陰を探していたらしい。


 「ミナミ、A組はあっちだよ。」


 「でもここにリュウがいたから。」


 「そういう理由で迷子になんないで。」


 キョンが俺を見た。


 「ご飯食べてないの?」


 「あとで食べる。」


 「今食べた方がいいと思う。」


 (言い方が親みたいだ。)

 (38歳がそれを言うな。)


 「……そうする。」


 弁当を開けた。


 3人で並んで、日陰に座った。

 ミナミがフルーツの話をして、キョンが相槌を打って、俺は米を食べた。


 体育祭の喧騒がグラウンドから聞こえてくる。


 (こういう昼休みは、38年間で何回あったんだろう。)

 (数えたくない。今この時間の方が大事だ。)


---


 午後。


 クラス対抗リレー。


 B組のアンカーはサナだった。

 朝から「私がアンカーって信頼されてんの? それとも人がいなかったの?」と言っていた。


 スタートの合図。


 バトンがつながっていく。

 A組が速い。フミが走っていた。


 (フミ。走り方も無駄がない。)

 (全部において合理的だな。)


 B組は3番手でサナにバトンが渡った。


 「いや待って——!!」


 叫びながら走っていた。


 最後の直線、サナが2人を抜いた。


 (走りながら「いや待って」と言っていた気がする。)

 (いや待ってと言いながら1位になった。)


 ゴール。


 「B組!!」


 スタンドからミナミの声が飛んだ。


 (さっきA組の席に戻したはずだ。)

 (もう立ち上がっていた。)


 キョンがクラスの列で拍手していた。

 リサが何か言った。

 キョンが笑った。


 (——笑った。)


 (外で、こんなふうに笑うのか。)

 (知ってるつもりだったが、知らなかった。)

 (体育祭、来て良かった。)


 (落ち着けアラフォー。仕事してる場合だ。)


---


 競技が全部終わった頃、フミが来た。


 片付けを手伝っていたら隣に並んだ。


 「リュウ。」


 「何。」


 「今日はよく動いてた。」


 (フミから「よく動いてた」が出た。)

 (最上級に近い。)


 「ありがとう。」


 「礼はいい。」


 フミが一呼吸置いた。


 「バータと、ユースケと——何か話してるのか。最近。」


 「話してる。なんで。」


 「2人とも変わってる。バータは土曜に出かけたと言っていた。ユースケは朝早く起きていると言っていた。」


 (全部、知ってる。)

 (でも——フミが気づいていることが、少し嬉しい。)


 「俺が何かを言ったわけじゃない。自分で動いてる。」


 「お前が何かを言ったことで動いてる。そういうことだ。」


 (言い切り方が気持ちいい。)


 「……そうだといいな。」


 「そうだ。」


 フミが立ち上がった。


 「余計なことをするなというのは撤回しない。ただ——今日に関しては、よかった。」


 そのまま片付けの輪に戻っていった。


 (「余計なことをするな」は撤回しないが「今日はよかった」。)

 (フミの評価軸は一貫している。)

 (怖い。好きだ。友人として。)


---


 閉会式。


 総合点数を読み上げる。


 「総合優勝——B組。」


 「やったーー!!」


 ミナミとサナが抱き合った。

 リサが「そうなんだ」と言った。

 キョンがふわっと笑っていた。


 (ふわっと笑う。)

 (それがキョンだ。)


 (——俺はまだ言ってない。)

 (体育祭が終わって、6月になって。)

 (3年のどこかでちゃんと言う。その方向は変わっていない。)

 (ただ——今日みたいな日を、もう少し続けたい気持ちもある。)


 (それが正直なところだ。)

 (でもそれは「逃げていい」じゃない。)


 マイクの前に戻った。


 「本日の体育祭、これをもって閉会します。お疲れさまでした。」


 グラウンドから拍手が来た。


 ユースケが「最高でしょ!!」と叫んでいた。


---


 片付けが終わった頃には、空が橙色になっていた。


 テントを畳んで、備品を倉庫に戻して、チェックリストの最後の項目を消した。


 「会長、お疲れさまでした」と田島が言って帰っていった。


 グラウンドに残ったのは、俺と——向こうでクラス旗をたたんでいるキョンとサナだった。


 「リュウ、お疲れ!」


 サナが手を振った。


 「お疲れ。リレー1位だったな。」


 「走りながら怖かったけど! 足が速い人がいなくてアンカー回ってきただけだし! でも勝てた!」


 「それで十分だ。」


 キョンが丁寧にクラス旗を折りたたんでいた。


 「……うまいな。」


 「端を合わせると綺麗にたためる。布を扱うのは慣れてるから。」


 (そうか。服を作るから。)

 (布の扱い方が体に染みついている。)


 「そうか。」


 「今日、ずっと走り回ってたよね。」


 「仕事だからな。」


 「……楽しかった?」


 (また「楽しそう」の話か。)

 (先週は「楽しそうに見える」だった。今日は「楽しかった?」だ。)


 「楽しかった。」


 「そっか。」


 キョンが旗を持ち上げた。


 「来年の文化祭も、また大変そうだね。」


 (来年の文化祭。)

 (元の歴史で——俺が告白した日だ。)

 (やり直しのその日が、また近づいている。)


 「そうだな。」


 「大丈夫? 大変じゃない?」


 (「大丈夫?」)

 (そういう聞き方を、するのか。)


 「大丈夫だ。」


 「そっか。」


 キョンが少し笑った。


 (じわっと来た。)

 (今日1番の、じわっと来た。)

 (ここまで積み上げてきた。全部、今日に来た気がする。)


 (俺はまだ言ってない。)

 (でも——来年の文化祭が、近づいている。)


 サナが「行くよキョン!」と呼んだ。


 「じゃあね、リュウ。お疲れ。」


 「ああ。お疲れ。」


 2人が校舎に入っていった。


---


 グラウンドに1人残った。


 橙色の空。

 端から少しずつ、青が濃くなっていく。


 (6月になった。)

 (体育祭が終わった。)


 チェックリストを折りたたんで、ポケットに入れた。


 (フミが「よかった」と言った。)

 (バータは土曜に動いた。)

 (ユースケは毎朝ラジオを聞いている。)

 (みんな、ちゃんとやっている。)


 (俺も——ちゃんとやる。)

 (文化祭まで、まだある。)

 (その前に、期末試験がある。)

 (その前に——6月が、まだある。)


 空が少しずつ、暗くなっていく。


 (来年の文化祭が、近づいている。)


体育祭回でした。バータの棒倒し、サナの「いや待って」1位、ミナミの方向音痴迷子——にぎやかになりました。フミの「今日はよかった」が最上級の褒め言葉だと気づいてほしい。そして布のたたみ方を知っているキョンの「大丈夫?」が今回の沼ポイントです。来年の文化祭という言葉を、キョンは何気なく言った。俺はひとりで受け止めた。次回、6月後半へ。

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