第25話 体育祭、全員集合。キョンが外で笑った
5月が終わった。
体育祭の準備は6月に入ってからも続いた。
競技配置の最終確認、テント設営の割り当て、来賓席の誘導動線——やることは最後の最後まで増えた。
(準備した。本当に準備した。)
(タイムスケジュールを4パターン作った。雨天中止の場合まで作った。)
(38歳のSEが体育祭に本気を出すとこうなる。)
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6月5日。
体育祭当日。
朝7時30分。
グラウンドに出た瞬間、スピーカーから音が飛んできた。
「会長すみません音響の設定がまだで」
(わかった。落ち着け。)
手元のチェックリストを開く。
音響——テント——来賓席——競技備品。
ひとつずつ確認する。
副会長の田島が駆け寄ってきた。
「来賓の駐車スペースが足りないって連絡来てます」
「南側の臨時スペース使えるか体育館の先生に確認しろ。許可が出たら看板立てる。」
「わかりました」
田島が走った。
(走らせてしまった。)
(俺は38歳なので全力疾走はしないが、手は動いている。)
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9時。開会式。
全校生徒がグラウンドに並ぶ。
A組、B組、C組、D組——縦に列。
俺はマイクの前に立った。
(フィードバックが来たらやだな。)
来なかった。
「おはようございます。本日はよい天気に恵まれました。みなさんの日頃の行いが良いことの証明です。」
後方から「でしょ!!」という叫び声。
ユースケだった。
(開会式中だ。)
(でも——空気を作ってくれた。)
笑いが起きた。
ちょうどよかった。
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午前中の競技は次々と進んでいく。
俺の役割は競技補助と審判補助だ。
自分は出場しない。
(生徒会長は体育祭の主役ではない。)
(これが最初の誤算だった。)
(運営で走り回って、競技を見ている暇がない。)
棒倒しの審判位置についたとき、バータが目に入った。
C組の列の前に出てきた瞬間、相手チームの生徒が3人弾き飛んだ。
(物理だ。体重差がある。)
「バータ!! 行け!!!」
D組の応援席からユースケが身を乗り出した。
声がグラウンドの端まで届いた。
バータが棒をつかんだ。
倒れる。
轟音。
「やったーーー!!」
ユースケが飛び上がった。
D組の生徒に混じって跳ねている。
(ユースケ。C組の競技だ。)
(お前のクラスは関係ない。)
(でも全力だった。)
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昼休み。
俺は日陰のテントで資料の最終確認をしていた。
「リュウ、ご飯食べた?」
ミナミだった。
弁当箱を持って立っている。
「——なんでB組の弁当がここにある。」
「迷ってたら来た。」
(方向音痴にも限度がある。)
「A組はあっちだ。南西の端。」
「え、南西ってどっち。」
(南西がわからないのか。)
「太陽が右側になる方向に歩け。」
「右……右……あ、キョンも迷ってる!」
(キョンも?)
ミナミが手を振った。
キョンがこちらに歩いてきた。
弁当を持って、日陰を探していたらしい。
「ミナミ、A組はあっちだよ。」
「でもここにリュウがいたから。」
「そういう理由で迷子になんないで。」
キョンが俺を見た。
「ご飯食べてないの?」
「あとで食べる。」
「今食べた方がいいと思う。」
(言い方が親みたいだ。)
(38歳がそれを言うな。)
「……そうする。」
弁当を開けた。
3人で並んで、日陰に座った。
ミナミがフルーツの話をして、キョンが相槌を打って、俺は米を食べた。
体育祭の喧騒がグラウンドから聞こえてくる。
(こういう昼休みは、38年間で何回あったんだろう。)
(数えたくない。今この時間の方が大事だ。)
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午後。
クラス対抗リレー。
B組のアンカーはサナだった。
朝から「私がアンカーって信頼されてんの? それとも人がいなかったの?」と言っていた。
スタートの合図。
バトンがつながっていく。
A組が速い。フミが走っていた。
(フミ。走り方も無駄がない。)
(全部において合理的だな。)
B組は3番手でサナにバトンが渡った。
「いや待って——!!」
叫びながら走っていた。
最後の直線、サナが2人を抜いた。
(走りながら「いや待って」と言っていた気がする。)
(いや待ってと言いながら1位になった。)
ゴール。
「B組!!」
スタンドからミナミの声が飛んだ。
(さっきA組の席に戻したはずだ。)
(もう立ち上がっていた。)
キョンがクラスの列で拍手していた。
リサが何か言った。
キョンが笑った。
(——笑った。)
(外で、こんなふうに笑うのか。)
(知ってるつもりだったが、知らなかった。)
(体育祭、来て良かった。)
(落ち着けアラフォー。仕事してる場合だ。)
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競技が全部終わった頃、フミが来た。
片付けを手伝っていたら隣に並んだ。
「リュウ。」
「何。」
「今日はよく動いてた。」
(フミから「よく動いてた」が出た。)
(最上級に近い。)
「ありがとう。」
「礼はいい。」
フミが一呼吸置いた。
「バータと、ユースケと——何か話してるのか。最近。」
「話してる。なんで。」
「2人とも変わってる。バータは土曜に出かけたと言っていた。ユースケは朝早く起きていると言っていた。」
(全部、知ってる。)
(でも——フミが気づいていることが、少し嬉しい。)
「俺が何かを言ったわけじゃない。自分で動いてる。」
「お前が何かを言ったことで動いてる。そういうことだ。」
(言い切り方が気持ちいい。)
「……そうだといいな。」
「そうだ。」
フミが立ち上がった。
「余計なことをするなというのは撤回しない。ただ——今日に関しては、よかった。」
そのまま片付けの輪に戻っていった。
(「余計なことをするな」は撤回しないが「今日はよかった」。)
(フミの評価軸は一貫している。)
(怖い。好きだ。友人として。)
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閉会式。
総合点数を読み上げる。
「総合優勝——B組。」
「やったーー!!」
ミナミとサナが抱き合った。
リサが「そうなんだ」と言った。
キョンがふわっと笑っていた。
(ふわっと笑う。)
(それがキョンだ。)
(——俺はまだ言ってない。)
(体育祭が終わって、6月になって。)
(3年のどこかでちゃんと言う。その方向は変わっていない。)
(ただ——今日みたいな日を、もう少し続けたい気持ちもある。)
(それが正直なところだ。)
(でもそれは「逃げていい」じゃない。)
マイクの前に戻った。
「本日の体育祭、これをもって閉会します。お疲れさまでした。」
グラウンドから拍手が来た。
ユースケが「最高でしょ!!」と叫んでいた。
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片付けが終わった頃には、空が橙色になっていた。
テントを畳んで、備品を倉庫に戻して、チェックリストの最後の項目を消した。
「会長、お疲れさまでした」と田島が言って帰っていった。
グラウンドに残ったのは、俺と——向こうでクラス旗をたたんでいるキョンとサナだった。
「リュウ、お疲れ!」
サナが手を振った。
「お疲れ。リレー1位だったな。」
「走りながら怖かったけど! 足が速い人がいなくてアンカー回ってきただけだし! でも勝てた!」
「それで十分だ。」
キョンが丁寧にクラス旗を折りたたんでいた。
「……うまいな。」
「端を合わせると綺麗にたためる。布を扱うのは慣れてるから。」
(そうか。服を作るから。)
(布の扱い方が体に染みついている。)
「そうか。」
「今日、ずっと走り回ってたよね。」
「仕事だからな。」
「……楽しかった?」
(また「楽しそう」の話か。)
(先週は「楽しそうに見える」だった。今日は「楽しかった?」だ。)
「楽しかった。」
「そっか。」
キョンが旗を持ち上げた。
「来年の文化祭も、また大変そうだね。」
(来年の文化祭。)
(元の歴史で——俺が告白した日だ。)
(やり直しのその日が、また近づいている。)
「そうだな。」
「大丈夫? 大変じゃない?」
(「大丈夫?」)
(そういう聞き方を、するのか。)
「大丈夫だ。」
「そっか。」
キョンが少し笑った。
(じわっと来た。)
(今日1番の、じわっと来た。)
(ここまで積み上げてきた。全部、今日に来た気がする。)
(俺はまだ言ってない。)
(でも——来年の文化祭が、近づいている。)
サナが「行くよキョン!」と呼んだ。
「じゃあね、リュウ。お疲れ。」
「ああ。お疲れ。」
2人が校舎に入っていった。
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グラウンドに1人残った。
橙色の空。
端から少しずつ、青が濃くなっていく。
(6月になった。)
(体育祭が終わった。)
チェックリストを折りたたんで、ポケットに入れた。
(フミが「よかった」と言った。)
(バータは土曜に動いた。)
(ユースケは毎朝ラジオを聞いている。)
(みんな、ちゃんとやっている。)
(俺も——ちゃんとやる。)
(文化祭まで、まだある。)
(その前に、期末試験がある。)
(その前に——6月が、まだある。)
空が少しずつ、暗くなっていく。
(来年の文化祭が、近づいている。)
体育祭回でした。バータの棒倒し、サナの「いや待って」1位、ミナミの方向音痴迷子——にぎやかになりました。フミの「今日はよかった」が最上級の褒め言葉だと気づいてほしい。そして布のたたみ方を知っているキョンの「大丈夫?」が今回の沼ポイントです。来年の文化祭という言葉を、キョンは何気なく言った。俺はひとりで受け止めた。次回、6月後半へ。




