第34話 ライブリンクショックと、次の曲の話
2学期が始まって、3日が経った。
(やることが多い。)
(文化祭まで2ヶ月を切った。生徒会長として準備を回さないといけない。)
(AO入試の書類締め切りも10月だ。小論文の最終稿を仕上げる必要がある。)
(NOIR EDGEの「次の曲」もある。)
(最後のやつだけ生産性と関係ない。でも頭から離れない。)
(38歳が高校生の音楽の話で集中力を削がれている。どうかしてる。)
放課後の生徒会室で、文化祭の企画書を広げた。
来賓対応、タイムライン、各クラスへの連絡ルート。
去年のデータを整理して、改善点を潰していく。
38歳のSEとしてのプロジェクト管理力が、ここでも炸裂する。
(当たり前だが。)
(元の歴史の俺は、これを1から手探りでやっていた。)
(今回は2周目だ。段取りが違う。)
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作業の合間に、ガラケーを取り出した。
おじさんへの電話だ。
(今月中に連絡しておかなければいけない話がある。)
「もしもし、リュウか。どうした急に。」
「おじさん、少し話があって。」
「なんだ。また競馬か。」
「違います。株の話です。」
電話口でおじさんが少し黙った。
「……また変なことを言い出したな。」
「変なことじゃないです。聞いてください。」
(落ち着けアラフォー。)
(これは大事な話だ。丁寧にやれ。)
「来年の1月に、ライブリンク社という会社の株が大きく動きます。」
「ライブリンク? ああ、あのネット系の。最近話題だよな。」
「その会社が来年の1月に問題を起こします。株価が暴落します。」
「……お前、それどこで聞いた。」
「夢で見ました。」
(また夢の話だ。)
(父への手紙と同じやり方だが、これしかない。)
「夢?」
「正夢が多いんです、俺。競馬もそうでした。」
電話の向こうでおじさんが唸った。
「……確かに競馬は当たった。」
「空売りができる状態にしておいてほしいんです。1月の頭から。」
「空売り。お前、ちゃんと知ってんのか、それ。」
(知ってます。)
(2026年まで生きた記憶があるので、2006年の金融市場の動きは体感で知ってます。)
(とは言えない。)
「調べました。株価が下がるとき利益が出る方法があると知って。」
「……リュウ。お前、ほんとに変わったな。」
「そうですか。」
「高校生がそんな話するか、普通。」
「普通じゃないですよ。でも間違ってもないです。」
おじさんがまた唸った。
「……わかった。少し調べてみる。でも大金は動かさんぞ。」
「少額でいいです。まずやってみてください。当たれば次は信じてもらえる。」
「……競馬でそれを証明したな。」
「そういうことです。」
電話を切った。
(布石は打った。)
(1月まで3ヶ月ある。おじさんは動く。)
(ライブリンクショックは、元の歴史で多くの人が損をした出来事だ。)
(俺は当時の高校生で、何も知らなかった。)
(今回は違う。)
(落ち着けアラフォー。)
(これはチートだ。でも誰も傷つけない使い方だ。)
(問題ない。)
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翌日の昼休み。
廊下を歩いていたら、キョンがいた。
「リュウ。」
「何。」
「昨日、言ってたやつ。」
(昨日。「次、何か聴かせるよ」と言って去っていったやつだ。)
「覚えてる。」
「……今日、持ってきた。」
リュックのサイドポケットをぽんと叩いた。
「MDを。」
(来た。)
(落ち着けアラフォー。)
「……いつ聴けるか。」
「今日の帰り。」
「わかった。」
それだけだった。
キョンはまたすっと廊下を歩いていった。
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午後の授業が完全に頭に入らなかった。
(落ち着けアラフォー。)
(現代文が入ってこない。)
(数学が入ってこない。)
(これは重大な問題だ。AO入試は成績も関係する。)
(落ち着けアラフォー。)
(落ち着けない。)
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放課後の電車。
清峰から乗ってきたキョンが、いつものドア付近に立った。
俺は左側に並んだ。
しばらく何も言わなかった。
電車が動き出してから、キョンがリュックを開けた。
MDウォークマンを取り出した。
「聴く?」
「聴く。」
右のイヤホンが差し出された。
受け取った。
(軽い。)
(いつ受け取っても、この軽さに対して重さを感じる。)
(慣れない。)
再生ボタンが押された。
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最初の音は、アコースティックギターだった。
前の2曲とは全然違う。
エレキじゃない。生の弦の音だ。
リバーブもかかっていない。素朴な、直接的な音。
(……あれ。)
(NOIR EDGE、こういう曲もあるのか。)
ボーカルが入ってきた。
前の曲より声が高い。でも同じ人間の声だとわかる。
「ここにある
今日がある
あなたに言えなかったことが
まだここにある」
(……。)
(落ち着けアラフォー。)
「形にならないまま
ずっと抱えてきた
それでもいいと思ってた
でも今は——」
(サビはどこに行く。)
「——言いたい。」
(——。)
(落ち着けアラフォー。)
(歌詞を自分に当てはめるな。)
(客観的に聴け。)
(できない。)
電車が揺れた。
窓の外を夏の終わりの景色が流れていく。
キョンは前を向いたまま、目を少し細めていた。
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1曲が終わった。
キョンが再生を止めた。
「……どうだった。」
「前の曲と全然違う。」
「そう。NOIR EDGEって、こういう曲もある。みんな知らないんだよ。」
「みんな?」
「激しい曲のイメージしかないから。でも俺はこの系統が好き。」
(俺は、か。)
(「私は」じゃなく「俺は」。)
(いつからそうなった。気づかなかった。)
(落ち着けアラフォー。それをここで指摘するな。)
「歌詞、一発で入ってきた。」
「どのへんが。」
「『言いたい』の一言。サビでそこだけ。シンプルだけど一番重かった。」
キョンが少し俺を見た。
「……なんでそこに反応するの?」
「……さあ。なんとなく。」
(なんとなく、じゃない。)
(わかってる。)
(「言えなかったことがまだここにある」——俺にも、ある。)
(「言いたい」——俺も、そうだ。)
(ただ言えない理由があるだけで。)
(落ち着けアラフォー。)
「……その曲、曲名教えてくれるか。」
「『今日の言葉』。」
「今日の言葉。」
「うん。短い曲だけど、ライブでやるとすごく長く聞こえる。不思議な曲。」
(ライブ。)
(キョンはライブにも行ったことがあるのか。)
「ライブ、行ったことあるのか。」
キョンが少し止まった。
「……1回だけ。去年。1人で行った。」
「どうだった。」
「……良かった。でも、1人だったから。」
(1人だったから、という言葉が続いた後で、キョンは黙った。)
(言い切らなかった。)
(俺はまだ言ってない。)
(でも「1人だったから」の先には、何かがある。)
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「次、またある?」
気づいたら口から出ていた。
キョンが少し驚いたような顔をした。
「次って、ライブ?」
「……違う。聴かせてくれる曲。」
「……ある。」
「聴きたい。」
キョンが前を向いた。
少しの間があった。
「……わかった。」
それだけだった。
でもそれで十分だった。
(俺はまだ言ってない。)
(でも「また」がある。また、が確定した。)
(それだけで今日は動けた気がする。)
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清峰のアナウンスが入った。
キョンがイヤホンを外して返してきた。
「今日、来てくれてよかった。」
(展示会のときも言った。)
(「来てくれてよかった」。)
(キョンはこれを、俺に言う。)
「俺も。」
ドアが開いた。
キョンが降りた。
今日は1回だけ振り返った。
(今日は、振り返った。)
「また。」
「また。」
ドアが閉まった。
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小手川まで、一人で乗り続けた。
(今日の言葉。)
(「言えなかったことがまだここにある」。)
(「言いたい」。)
(わかってる。俺もそうだ。)
(でも今は——タイミングじゃない。)
(文化祭がある。AO入試がある。ライブリンクショックの前準備がある。)
(やることが多すぎる。)
(落ち着けアラフォー。)
(「やることが多い」を理由にするな。)
(それは逃げだ。)
(……そうだな。)
窓の外に、2学期の空が広がっていた。
夏の終わりと秋の入り口が、まだ混ざっていた。
(フミが言った。「秋は違う景色になる可能性がある」。)
(その秋が、来た。)
(俺はまだ言ってない。)
(でも「また」がある。次がある。止まるつもりはない。)
ライブリンクショック、布石を打ちました。2007年1月、何が起きるか——先の話ですが、おじさんはちゃんと動きます。
そして「今日の言葉」。NOIR EDGEのアコースティック曲。「言いたい」の一言だけを核心に据えた歌詞に、リュウが反応した。
次回——文化祭の準備が加速します。そして「ライブ、1人で行った」の先にある話が、少し動きます。




