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時をかけるアラフォー 〜あの子には性別がない〜  作者: 双子相
第2幕(ep20〜36)「3年生・勝負の年」
33/50

第33話 夏休み最後の日のメール。「どっちが刺さった?」


 8月14日の夜から、何かが変わった。


 (変わった、というのは正確じゃないかもしれない。)

 (もとからそこにあったものが、少しだけ表に出てきた感じだ。)


 それからの10日間、NOIR EDGEを4回聴いた。

 ユースケが貸してくれたCDじゃない。

 右のイヤホンで聴いた、あの2曲だけを、頭の中で何度も再生した。


 「名前のない感情」。

 「居場所を探してる 地図もないのに」。


 (MDウォークマンも持ってないのに、なぜこんなに覚えているんだ。)

 (怖いな。)


---


 8月25日。

 夏休みは残り一週間を切っていた。


 ファミレスに4人で集まったのはユースケの声がけだった。

 「最後にみんなで勉強会しようぜ」とガラケーに着信が来て、フミとバータも来ることになった。


 (4人で勉強会。わかってる。半分は勉強、半分はダラダラするやつだ。)


 最寄りのファミレスは「ロイヤルサイド」といって、西都線沿いにあった。

 夏休み終盤のファミレスはほどよく学生でうまっていた。

 教科書・ノート・問題集が机の上に広がった。


 「夏期講習どうだったよ、ユースケ。」

 「英語は手応えあった。物理はまじでやばい。」

 「何がやばいんだ。」

 「波動。波動だけが俺のことを嫌ってる。」

 「波動に嫌われてどうする。」


 (宇宙に行く男が波動で詰まっている。)

 (でも、こういうのでいいんだ。これが高校生だ。)


 バータがシャープペンシルを回しながら言った。

 「俺さ、夏休みの事業計画書の草案できたんだけど。」

 「え、マジ。」とユースケが顔を上げた。

 「校内のビジネスアイデアコンテスト、出そうかと思って。」

 「あったっけそんなの。」

 「生徒会が毎年やってる。賞金はないけど副校長名義の推薦状がもらえる。」


 (それは知っている。去年もあった。)

 (推薦状があると推薦入試の書類に使える。バータはちゃんと考えてる。)


 「出せ。絶対出せ。」と俺は言った。

 バータが少し驚いた顔をした。「リュウが言うと、出なきゃいけない気がしてくる。」

 「出なきゃいけない。出ろ。」

 「わかった。」


 (わかった、と即答した。)

 (こういうときのバータは迷わない。)

 (大柄で豪快で、でも一番真剣なのがバータだ。)


 フミが問題集を閉じないまま言った。

 「コンテストの締め切り、9月の1週目だぞ。夏休み明けすぐだ。」

 「あー……」とバータが唸った。

 「草案あるなら形にしろ。今日中に見せろ。」

 「お前、人の課題まで背負うな。」

 「俺の模試が先にある。どっちも終わらせる。」


 (フミ。)

 (こいつは全部やる気で言っている。)

 (「どっちも終わらせる」って顔が、完全に弁護士の顔だった。)


---


 1時間くらい各自で手を動かして、注文のタイミングにユースケが急に言った。


 「そういえば展示会どうだったよ。」


 (来た。)


 「楽しかった。」と俺は言った。

 「山岸いたって聞いたけど。」

 「いた。途中で帰った。」

 「喧嘩した?」

 「してない。」


 フミが問題集に目を落としたまま言った。

 「ちゃんと帰り道、キョンと電車乗ったか。」


 (さらっと言った。)

 (でも「ちゃんと」がついてる。)


 「乗った。」

 「そうか。」


 フミはまた問題集に戻った。


 (全部わかってる顔をしている。)

 (でも目が「それで、どうだった」と言っていた。)


 「NOIR EDGE、聴いた。」と俺は言った。


 フミがちらっとこちらを向いた。

 ユースケが「なんだそれ」という顔をした。


 「キョンが好きなバンド。帰りの電車で聴かせてもらった。」

 「へー。どうだった。」とユースケ。

 「よかった。」

 「リュウがバンドをよかったって言うの珍しくない?」とバータ。

 「そうか。」

 「普段、音楽の話しないじゃん。」

 「聴かないわけじゃない。好みが変わった。」


 フミが何も言わなかった。

 でも少しの間、俺を見ていた。


 (「バンド名まで出てきた」ということが何を意味するか、わかってる顔だった。)


---


 勉強会が終わったのは18時を過ぎていた。


 フミと2人になった。

 歩きながら、しばらく黙った。


 「ちゃんとやれてるか。」


 フミが正面を向いたまま言った。


 「何が。」

 「全部。」


 「やれてる。」

 「そうか。」


 「焦んなよ。」


 「焦ってない。」

 「ならいい。」


 フミは小手川の反対方向の改札に向かった。

 振り返りもしない。


---


 8月30日。


 夏休み最後の日だった。


 ガラケーを開いた。


```

夏休み最後の日。

帰りの電車で聴いてから、NOIR EDGEが頭から離れない。

曲名、教えてもらっていいか。

```


 送信した。


 返信が来たのは夕方だった。


```

「見えない地図」と「夜の縁」。

どっちが刺さった?

```


 (聞き返してきた。)


 俺は打った。


```

両方。

でも「夜の縁」の方が先に来た。

```


```

わかる。

あれは一発で来る人と、何回か聴いてから来る人に分かれる。

リュウは一発か。

```


```

一発だった。

最初の「名前のない感情」で来た。

```


```

そっか。

いいな、それ。

```


 (いいな、それ。)

 (それだけだった。)

 (でも「いいな」だった。)


 (俺はまだ言ってない。)

 (でも今夜のメールで、何か一個だけ——キョンに届いた気がした。)


---


 9月1日。

 2学期が始まった。


 キョンが来たのは礼の5分前だった。

 教室に入ってきて、自分の席に向かった。

 俺の席の2列前だった。


 (変わった。)

 (髪が少し短くなっている。)

 (ストレートパーマは前からだが、毛先が揃ったぶん輪郭がきれいに見える。)


 (落ち着けアラフォー。礼が始まるぞ。)


---


 休み時間に、サナが席を立ってキョンのところに来た。


 「夏休みどうだった!」

 「まあまあ。展示会行った。」

 「知ってる!ミナミから聞いた!」


 「柳くんとは?」とサナが言った。


 「一緒に見て、帰りに電車乗った。」

 「それだけ?」

 「それだけ。」


 「なんかさ——」とサナが声を落とした。「キョン、なんか変わった?」


 「そう?」とキョンが言った。

 「うーん。なんか——顔が、落ち着いてる?」

 「それ変わった、じゃなくて落ち着いた、でしょ。」


 「同じじゃん。」とサナが言った。


 (サナ。するどい。)


 キョンが何も言わなかった。


---


 その日の放課後。

 廊下を歩いていたら、キョンとすれ違った。


 「メール、見た。」とキョンが言った。


 「見た。」と俺は言った。


 「次、何か聴かせるよ。」


 キョンはそれだけ言って、別の方向に歩いていった。


 (振り返らない。)


 (次、か。)

 (次があるということは、続くということだ。)

 (NOIR EDGEが、まだ続く。)


 (俺はまだ言ってない。)

 (でも「次」という言葉が、ちゃんと届いた。)


「どっちが刺さった?」と聞き返してくるキョン。「一発だった」と答えるリュウ。「いいな、それ」の3文字でepが閉じる。

次回——2学期が動き出す。そして「次」が来ます。あと、ライブリンクショックの布石も動き始めます。

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