第35話 10月7日。去年と違う誕生日の渡し方
10月になった。
文化祭まで1ヶ月を切った。
(やることが多い。)
(企画書の最終確認、クラス展示の予算調整、来賓対応の担当割り振り。)
(昨日も生徒会室で22時まで資料を作っていた。)
(22時というのは学校の施錠の関係で追い出されただけで、終わっていない。)
朝のランニングをしながら、今日のタスクを整理した。
(今日は——10月7日だ。)
(落ち着けアラフォー。)
(そうだ。今日はキョンの誕生日だ。)
(文化祭の書類がある。でも今日は10月7日だ。)
(去年、糸のセットを渡した。)
(翌日「骨格診断みたいなことを言った」と木村さんに指摘された日だ。)
(今年は——去年と同じ流れでいいのか。)
(違う。去年と今年は、俺たちの距離が違う。)
(何を渡す。)
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朝ごはんを食べながら、考えた。
(服飾の消耗品は去年使った。)
(お菓子はサナが毎年やるだろう。)
(本や雑誌は、趣味が合わないとずれる。)
(キョンが好きなもの。)
(服を作ること。音楽を聴くこと。カフェに行くこと。)
(カフェ。)
(スタビのギフト券、というのがある。)
(バータが俺の誕生日にくれた。)
(キョンと行くカフェ——春休みのあのカフェに、使えるとしたら。)
(いや、ギフト券は違う気がする。)
(もっと、キョンが「あっ」と思うようなものがいい。)
(でも派手なものは向かない。)
(キョンへのプレゼントは、小さくて、的確なものの方が伝わる。)
(的確なもの。)
(キョンが今、何を必要としているか。)
(NOIR EDGE。)
(……そうか。)
(キョンがアルバム3枚持っているということは、CDで聴いている。)
(でも展示会に行くとき、MDウォークマンで聴いていた。)
(MDに落としている。)
(なら——MDは消耗品だ。)
(MDディスク。)
(録音用の、ちゃんとしたやつ。)
ランドセルから財布を引っ張り出した。
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学校の帰り道に文具屋があった。
放課後、生徒会の作業が一区切りついた隙を縫って寄った。
録音用MDが並んでいた。
5枚入りのパックがある。
ちゃんとしたメーカーのやつ。
(これだ。)
(ただの消耗品だ。でも「使うだろうと思って」と言える。)
(去年の糸のセットと同じ発想だが、今年の方がキョンのことをよく知った上で選んでいる。)
買った。
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ミニモニに先を越されるかもしれない、と思っていた。
案の定、昼休みにミナミが走ってきた。
「柳くん!今日!」
「わかってる。」
「え、知ってた!?」
「去年もやった。」
「あ、そっか!! じゃあ今日も一緒に!!」
(ミナミのスピードは毎回速い。)
「今日は別々にしないか。」
ミナミが止まった。
「……え、なんで?」
「去年はみんなで一緒に渡した。今年は、それぞれで渡した方がいいと思って。」
ミナミがじっとこっちを見た。
3秒。
「……なんか大人な理由がある感じ。」
「そういうわけじゃない。ただ、去年と同じじゃつまらないから。」
「……そっか。わかった! じゃあ私たちは私たちでやる。柳くんはどうするの?」
「俺は俺でやる。」
「……頑張れ。」
ミナミが小声で言って、走っていった。
(ミナミ。)
(お前の応援はいつも小声で来る。)
(それが一番効く。)
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ミニモニの3人が先に動いた。
15時頃、廊下でキョンがミナミ・サナ・リサから囲まれているのが見えた。
「キョン!!!!誕生日おめでとう!!!!」
「いや待って、毎年大声でやるのやめて。」
「毎年やるから毎年大声でいいの!!」
「それは違う。」
サナが「おめでとう」と言った。
リサが「おめでとうございます」と言った。
「なんで敬語?」
「雰囲気。」
(リサ。たまに面白い。)
キョンがプレゼントを受け取っていた。
南さんがアクセサリー系の袋、サナが食べ物らしい包み、リサが薄い本。
(リサが本か。)
(キョンが好きそうな系統を選んだのか、それともリサが読んでほしい本なのか、どちらかわからない。)
(俺はまだ廊下の端にいる。)
(今は近づかない。)
(タイミングを見る。)
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放課後の作業が終わったのは18時を過ぎていた。
廊下に出ると、キョンがまだいた。
図書室の方から歩いてきた。
一人だった。
鞄を肩にかけて、帰ろうとしている。
「キョン。」
キョンが振り返った。
「リュウ。まだいたの。」
「書類が残ってた。」
「そっか。」
歩いてきた。
いつも通りの顔だった。
「これ。」
MDの5枚パックを差し出した。
キョンが受け取った。
パッケージを見た。
「……MD。」
「録音用。ちゃんとしたメーカーのやつ。」
「……なんで?」
「使うだろうと思って。」
キョンが少し固まった。
(落ち着けアラフォー。)
(的外れだったか。)
(でも間違いなく使う。NOIR EDGEをMDに録音しているはずだ。)
「……去年は糸のセットだったけど。」
「そうだな。去年は服を作るのに使えると思って。今年は音楽を聴くのに使えると思って。」
キョンがまた黙った。
MDのパッケージを見たまま、少し考えるような顔をした。
「……なんで覚えてるの? 去年のこと。」
「覚えてる。」
「ミナミから聞いたから?」
「去年もそうだったけど、今年は聞かなくても覚えてた。」
キョンがゆっくり俺を見た。
(この間が長い。)
(何かを測っているような目だ。)
(落ち着けアラフォー。)
「……ありがとう。使う。」
キョンが言った。
去年と同じ言葉だった。
でも声が少し違った。
去年より、少し低かった。
(落ち着けアラフォー。)
(声の高さを分析するな。)
「誕生日おめでとう。」
「……ありがとう。」
廊下を並んで歩いた。
下駄箱で靴を履き替えた。
外に出ると、10月の夜気が冷たかった。
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駅まで歩く間、お互いあまり喋らなかった。
でも、沈黙が苦じゃなかった。
(キョンと歩くとき、黙っていられる。)
(元の歴史では、2人きりになると何か言わなきゃと焦った。)
(今はそうじゃない。)
(黙っていても、ここにいる。)
「ねえ。」
キョンが言った。
「何。」
「去年の糸、全部使った。」
(——。)
「全部か。」
「うん。今年の春に最後の1本を使いきった。」
(去年の10月に渡した糸のセットを、1年かけて全部使いきった。)
(服を作るたびに使った。)
(今日また俺からもらった。)
「……そうか。」
「なんか——続いてる感じがする。」
(続いてる感じ。)
(落ち着けアラフォー。)
「そうだな。続いてる。」
キョンが少し前を向いた。
「NOIR EDGE、次の曲、考えてある。」
「待ってる。」
「……会長の仕事、今月大変そうだね。」
「文化祭があるから。」
「終わったら、また聴かせる。」
(終わったら。)
(文化祭が終わったら、また聴かせる。)
(キョンが、先の約束をした。)
「楽しみにしてる。」
「うん。」
ホームに着いた。
電車を待った。
(俺はまだ言ってない。)
(でも今日——「続いてる」とキョンが言った。)
(糸が続いていると言った。)
(俺には、それが糸だけの話じゃない気がした。)
電車が入ってきた。
2人で並んで乗り込んだ。
第35話、キョンの誕生日(3年目・10月7日)です。去年の糸のセットを引き継いで、今年はMDディスク。「去年の糸、全部使った」という一言が今回の核心でした。ミナミの「頑張れ」が小声で来るのが毎回好きです。文化祭が終わったら次の曲を聴かせるという約束——リュウはまだ言っていないけど、続いています。




